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トラ柵、古靴と犬の踊り 2

 これもまだ独りでアパート住まいをしていた頃の話。

 外出先から車で戻ると、自分の駐車スペースに大量のトラ柵が置かれていたから、「またあの老人の悪い癖が始まったよ」とうんざりした。
 駐車場に車が停まっていないときには大家の老人がこうしてトラ柵を置く。それは恐らく他の車が勝手に駐車しないようにする意図なのだろうが、こちらとしてはスッと車を入れて降車できるはずのところをわざわざ一度車からおりてどけなければならないので面倒くさい。
 2年前、その気持ちの控えめな表現としてガラガラ引きずってどかせていたら、溶接が外れてバラバラになった。これで老人も少しは懲りるだろうと思ったら「壊れるから引きずって退けるのはやめなさい」と、逆に叱責された。どうも監視カメラで撮影されていたらしい。
 面と向かってそう言われては仕方がないから、その日以来引きずるのはよした。一方、老人も自分の駐車スペースは開けておいてくれるようになり、雨降って地固まるとはまさしくこのことだと得心した。

 ところが今日はそのトラ柵がすべて自分のスペースに置いてある。
 苦虫を噛み潰した面持ちで、引きずらないように退かせたところへ「いやぁ、わしは監視カメラで見ていたんだがね、あんたの隣に停めてる人が引きずってそこに置いたのだよ。あんたも前になる引きずってたし、まったく、悪い奴らばっかりだよ」とぼやきながら大家の老人が現れた。
 それであのトラ柵を鬱陶しく感じていたのが自分ばかりでないと知れたが、それにしてもカメラで見ていたのならすぐに「君ぃ、引きずるのはやめたまえ」と言ってやればよさそうなものだ。それをせずに、2年前のことを引き合いに出して「悪い奴らばっかりだよ」は面白くない。

 悪い人ではないけれど、こういうところがどうも鬱陶しいと改めて思ったら、犬がくわえて持って行った。大家の老人と思っていたのは、どうやらただの古靴だったらしい。
 線路の向こうで犬たちが古靴を囲んで踊っていた。

初出:2010年5月11日『論貪日記』

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