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テレビをもらう

 これも大学1年生の6月頃だったと思う。
「あんた、テレビ持ってる?」と、行きつけのお好み焼き屋でおばちゃんAが訊いてきた。
 ない、と云ったら「ならあげるわ。古いけど」と言う。くれるというならもらわない法はない。
「どうもありがとう」
「来週持って来るわ。でも、自分で持って帰ってな」

 大学入学で独り暮らしを始める際、生活用品は親がホームセンターで揃えてくれたが、テレビはその中に入っておらず、要るなら自分で買えと云われていた。
 入学当初は学生寮に住んでおり、いつも遅くまで友人らと駄弁っていたから、テレビがなくて不便に感じることはあんまりなく、買わないままでいたのである。

 翌週、昼に行ったら果たして用意されていた。当時(1990年)でももうあんまり見かけない、チャンネルをガチャガチャ回すタイプであった。
 おばちゃんAは「ちゃんと映ると思うで」と言った。
「でも、どうやって持って帰るん?」とおばちゃんFが言い、「なに、電車で持って帰るのだよ」と答えた。
 それから、昼間のこの時間だったら電車は空いているから問題ないだろうと云ったら、「頑張ってな」とAが言った。

 持ってみると、思っていたよりずっしりくる。画面は小さくても、ブラウン管だから奥行きがあって持ちにくい。
 それを抱えて駅へ行ったら、ホームは高校生でごった返していた。どうも試験期間で半ドンだったらしい。しまった、と思ってどんよりした。
 周りの目が気になっていけないから、電車に乗った後はテレビに腰掛け、壁にもたれながら腕組みをして、何だか格好良いような雰囲気を出しておいた。

 寮に帰ると、ちょうど石原さんに出くわした。
「どうしたんだい、それは?」
「お好み焼き屋でもらったのですよ」
「だけど、君、アンテナ線はあるのかい?」
「あ……」
 そこへ木下さんが部屋から出てきた。
「ちょうど良かった。君、アンテナ線があったら百君にあげてくれたまえよ」
「あぁ、いいとも」

 このテレビは大学の間ずっと使って、今は実家天井裏の父の秘密基地に置いてある。さすがにもう映らない。

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