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嫌悪生物

 朝、庭に出た妻が、「気持ち悪い、これ見て」と顔をしかめながら水栓を指した。見ると水受けの中で、人の中指ほどもある巨大なイモムシがハサミムシのようなのに攻撃されている。
 イモムシは反撃の手段がないらしく、防戦一方で転がっている。逃げるにしても水受けの壁を登ることは恐らくできないから、このまま放っておいたらいずれ殺されるのに違いない。
 イモムシもハサミムシも、どっちもどっちで気持ちが悪い。放っておくのに如くはない。けれども、こんなところで死なれると気持ちが悪い。それで、イモムシを塵取りに乗せて、隣の空地に逃がしてやることにした。
 改めて見ると、頭にツノみたいなのが一本ある。それが茶色の体をくねらせて、いよいよ気持ちが悪い。塵取りごと放り投げたいような心持ちになった。
 極力見ないようにして塀際まで行き、助けてやるがもう二度と現れるなと心のうちで念じながら、放ってやった。

 小一の時に、カタツムリを捕まえて学校へ持って行くという宿題が出た。
 ちょうど母方の墓所へ行ったから、墓守のおじさんに云ったら、「よし、一緒においで」と裏山へ案内された。
「こういうところにおるじゃろ。ほらおった」
 おじさんは、殻が五センチほどもある大きなのを掴んで差し出した。
 本体は殻の中に引っ込んでいる。
「これ、生きとる?」
 殻の穴を見ると、湿ったようなのが詰まっている。つついても反応はない。
「生きとるよ。そのうち出てくるじゃろ」
「ありがとう」
 学校へ持って行ったら、随分話題になった。
「これ、ほんまにカタツムリ?」
「こんなでかいのがおるんか」
 飼育ケースに入れて一日教室へ置いていたけれど、やっぱり顔を出さない。翌日持って帰って、ケースごとベランダに置いた。
 それから部屋で飯野君と遊んでいると、母が血相を変えてやって来た。
「あのカタツムリが出て来たよ! 気持ち悪いから捨てて来て!」
 見ると、やっぱり中身も随分大きい。そうして何だか黒っぽい。ケースに入れておいたレタスを、もの凄い勢いで食っている。
 なるほど、これは気持ちが悪いと得心し、飯野君と近くの茂みへ行って放した。

 夜、遠い昔のカタツムリを思い出しながら帰宅すると、娘が「凄く大きいイモムシがいて、キモかった」と教えてくれた。
「どこで見た?」
「庭の水道の所」
 自分が逃がしたのは、まだ娘が起きる前である。
「逃がしたはずなんだが……」
「戻って来たのかな」
 妻がまた眉を顰めた。
 結局、熱湯をかけて殺したのだと娘が云った。

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