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猫(存在しない)と自分

 これの続き。

 猫のヒデに出会ってから5年後、自分は大学を出て横浜に転居した。山下公園のすぐ近くで、仕事は嫌だったが住む場所は最高だった。
 会社の借りている2DKマンションに上司と二人で住まされていたのが、じきに上司が異動になったから二部屋とも自分のものになった。
 横浜の一等地で一人暮らしとは大したものだと思ったけれど、エアコンがなかったから夏は随分まいった。

 ある時、二部屋のうち少しでも涼しい方を選んで昼寝をしていたら、ベランダの窓から猫が入ってきた。
 自分はそちらへ足を向けてうつ伏せで寝ていたから猫の姿は見えなかったけれど、猫だということはなぜだかわかった。
 猫はだんだん頭の方へ歩いてきて、とうとう顔の前まで来た。
 さすがに外へ出さなければと思って目を開けたら、「フギャァァァァ!」という声とともに、もの凄い勢いでバタバタと、何度も足踏みされた。
 何しろ顔の真ん前だから大いに驚いたけれど、「ふわぁ!」と情けない声が出るばかりで体が動かない。どうやらあれが金縛りというやつに違いなかったろうと思う。
 どうにか振り解いて起き上がると、そこには何もいなかった。全体、部屋は六階なのだから、いくら猫でもベランダから入って来られるはずがないのである。
 あの足は茶色のようだったから、ヒデかマダリストに何かあって最後の挨拶に来たのだろうと納得したけれど、後から考えたら挨拶するのに金縛りと「フギャァ!」はどうも筋違いだ。
 何だか不本意な最期を訴えに来たのではないかと思うと、どんよりする。



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