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記憶と万年筆

 好きな物について書いてみる。

 元々筆記具好きの気があって、仕事中に自席でメモを取ったり、書きながら考え事をするのに万年筆を使っている。

 万年筆の効能は「使うと気分が上がる」ということだ。これは単に好きなものを使うからそうなっているので、何も万年筆限定の特別な力ではないけれど、何をするにも気分の上昇は大切だ。気に入った道具を使うことで仕事のモチベーションが上がるのなら、限定の効能でなくても使う意味は十分ある。

 見るからに “万年筆!!!” というようなのを使って、陰で「小説家」とか「芥川」とか呼ばれるようでは面白くないから、あんまり人目を引かない控えめな外見のものを選んでいる。
 一番よく使うのはモンブランのNo.24で、これは10年ぐらい前にヤフオクで安く購入した。1960年代の製品なんだそうだ。
 モンブランといえば今は高級筆記具の代名詞みたいな感があるが、そういう路線になる以前の普及モデルだからモンブランという割に見た目は安っぽい。これなら陰で「文豪さん」とか呼ばれることもないだろう。
 生産当時のトレンドなのか、ペン先がビヨンビヨンしなる独特の筆記感が面白い。
 自分が生まれる以前に、今では存在しない国——西ドイツ——で作られた道具を使っていると思ったら、何だか自分の仕事も大層なものみたいな気がする。

 万年筆を使い始めたのは19の時だった。

 高校でバンドを始め、大学に入っても続けるつもりでいたけれど、諸事情が重なって半年経っても一向にメンバーが見つからない。これはどうも無理かもしらんと思い始めたところへ、学科の友人から同人誌を作る話を持ちかけられた。
 考えてみれば、心の内を表現する方法はバンドでなくたっていい。この際、小説を今後の表現手段に決めて、そっちに邁進するのもありだろう。その決意の証に大学生協で安いペンを買ったのが初めである。だから自分の中で万年筆はギターと同じ “表現ツール” に括っている。

 この時買ったのはプラチナ万年筆社の2,000円のやつだった。黒軸と透明の軸があって、ちょうどその頃話題になっていたYOSHIKIの透明ドラムと透明ピアノを意識して、透明のを選んだ。
 ひどいペンだったが、当時は良いも悪いもわからない。こういうものだと思ってずっと使っていた。
 日記もレポートも卒論もこれで書いた。小説も書いたけれど、すぐにバンド加入の話が来たおかげで、結局そっちは2〜3本書いたきりになった。
 卒業後もしばらくは友人らに手紙を書くのに使った。そのうち手紙を書くのに飽きてからは、使わないまま放置した。

 30代の半ばになって万年筆にハマり、放置していたのを引っ張り出したらひどい有様になっていたので、直してまた使えるようにした。ただ、元来あんまり良い品ではないから、今では仕舞っているばかりであんまり使おうと思わない。


よかったらコーヒーを奢ってください。ブレンドでいいです。