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百卑呂シ随筆

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#忘れられない先生

硝子と機関車

 幼稚園の年中組だった時のこと。  ある時、教室と廊下を行ったり来たりして遊んでいたら、何だかガラス戸が重かった。気にはなったけれど、先生に云うほどのことでもないだろうと思って、そのままにしておいた。その時担任の渡辺先生は、女子数人に囲まれて何かお話していた。  そのまま何度か出たり入ったりを繰り返していたら、戸がとうとう廊下の方へゆっくり倒れ始めた。  あっと思った瞬間、前にテレビで見た、機関車を押し止めるスーパーマンの姿が脳裏に浮かんだ。それに倣って受け止めるべく、自分は

先生の死

 高三の時、学校行事の合唱コンクールをさぼったら、担任の戸山先生から家へ電話があった。  戸山先生は常日頃からあんまりやる気があるようには見えない人だったから、わざわざ電話をかけて来るとはどうも尋常ではない。何事か知らと恐る恐る出てみたら、存外普通の調子で、「合唱コンクールの間、一体どうしていたんだ?」と問うてきた。  塾の自習室へ行っていたと答えたら、「そうか」と言って、合唱コンクールのステージでの惨状を訥々と語り出した。  あんまりみんながさぼったものだから、戸山クラスだ

協調、同調、吹き溜まり

 高二で鳥居先生のクラスになった。  一年時から鳥居クラスだった者を中心に、学年中のちょっと悪そうな者と、ロック好きな者を集めたような感じだった。全体、担任の要望がどこまで通るものか知らないけれど、どうも他のクラスに比べて意図的に集められた感が強かったように思う。  最初のオリエンテーションで、先生は一人一人に好きな歌手は誰かと訊いてきた。そういうのからも為人が見えてくるのだそうだ。  BOØWYが好きですと答えたら「俺も。カッコええもんのぉ」と言ってきた。  先生はあの時

七色の怪光線

 娘が修学旅行の写真を持って来て、校長先生が目からビームを出しているから見てくれと云う。  そんなバカなことがあるものかと見てみると、果たして眼鏡に光が反射しているだけだった。それでもビームを出す前に力を溜めているところだと云われたら、なるほどそんなふうに見えなくもない。  この校長には修学旅行説明会で会ったけれど、声が小さくて何を言っているか一向聴き取れなかった。  きっとやる気がないのだろうと思っていたら、最後にそれが校長だとわかった。それであんな様子でも校長になれるもの

緊急時、体裁、ルール

 出勤途中に便意を催し、コンビニのトイレを借りようと思ったら折悪しく個室が塞がっていた。  奥の一室は空いているが、そちらは「女性専用」と貼り紙されていたので使うわけにもいかない。  しばらく待っていると、後から来た男が何食わぬ様子で女子トイレへ入っていき、外まで聞こえる音を立ててぶりぶりやりだした。  そうしてやっぱり何食わぬ様子で出てきて、そのまま立ち去った。手も洗わないで。  残された自分は何だか面白くない。  ルールを無視したものが先に排便を済ませて去るなんて尋常で

山葵と先生

 もう何年も前のこと。帰省中に母が、自分が子供の頃に描いた絵や何やかんやを出して来た。  少しく恥ずかしかったけれど、娘が面白がるから一緒に見ていたら中澤先生からの年賀状が一通紛れていた。  中澤先生は小五・小六の担任である。  ある時、家庭科の授業でサンドイッチを作った際、自分らの班が先生の分も作ることになった。普通に作ったのではつまらないから、食パンに辛子とわさびを大量に塗りたくって野菜とハムを挟み、「先生どうぞ」と差し上げた。  先生は何だか嬉しそうに一口食べて「あっ