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百卑呂シ随筆

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#夏の思い出

テレビをもらう

 これも大学1年生の6月頃だったと思う。 「あんた、テレビ持ってる?」と、行きつけのお好み焼き屋でおばちゃんAが訊いてきた。  ない、と云ったら「ならあげるわ。古いけど」と言う。くれるというならもらわない法はない。 「どうもありがとう」 「来週持って来るわ。でも、自分で持って帰ってな」  大学入学で独り暮らしを始める際、生活用品は親がホームセンターで揃えてくれたが、テレビはその中に入っておらず、要るなら自分で買えと云われていた。  入学当初は学生寮に住んでおり、いつも遅くま

扇風機と海苔弁当

 社会人1年目の夏、勤め先(パスタ屋)から充てがわれた部屋にはエアコンがなく、扇風機も持っていなかったので暑さに対してまるで無防備だった。  いつも夕方から閉店までのシフトで、明け方に寝て3時頃起きる生活だったのだけれど、ある時あまりの暑さで昼前に目が覚めた。  再び寝ようにも、どうにも暑くていけない。さすがに限界を感じたから近くの西友へ行って5千円の扇風機を買って来た。出勤前に一仕事終えたような充実感があったのを覚えている。  出勤してから、昼間に扇風機を買ってきたのだ

台風、ウルトラマン、安い傘

 台風の雨と風の音で、夜中に一度目が覚めた。 ※  小学校1年生の時、台風が来ている日にテレビでウルトラマンを見た。ミイラ人間の話だった。  外の風が随分激しくなったのが気になり、ベランダのドアを開けたら強風で持って行かれてドアのガラスが割れた。  自分も驚いたが妹も驚き、「熱が出るから寝る」と言って寝室へ逃げた。ちょうど風邪が治りかけているところだったのだ。  母が飛んできて、割れた部分にビニールのテーブルクロスをガムテープで貼り付けた。翌日ガラス屋を呼んで直してもらっ

夏の記憶、緑の光

 10年ぐらい前、市の施設で蛍の放流があり、義父母の案内で娘を連れて行った。  娘はまだ幼稚園に上がるかどうかぐらいで、じいちゃんばあちゃんと出かけるのが嬉しくて、蛍が何かもわからずはしゃいでいた。そうして実際に放されると、今度は緑の光にますますはしゃいだ。それから義母が2匹ばかり捕まえて小さな虫かごに入れてくれたのを、随分大事そうに抱えて帰宅した。  家で灯りを消して蛍の光をみんなで眺めていたら、ふとこんなことを思い出した。 ※  自分がまだ幼稚園に上がる前のことだ。

夏の記憶、異国の女

 2日間、車で遠方の店を回った。高速道路のパーキングエリアで休憩しながらこんなことを思い出した。 ※  十数年前の夏、車で帰省した。  途中、缶コーヒーを買うつもりでサービスエリアのコンビニに入ったら、先にノースリーブの若い女が飲み物を選んでいた。  後ろで順番を待っていると、棚の商品を取ったり戻したりする女の腋からちらちらと毛が見えた。どうも腋毛が普通に生えているらしい。  あんまりじろじろ見て、変な誤解を受けても面白くないから目を逸らしておいた。どうやら異国の人だった

横浜、記憶の美化

 横浜開港記念日(6月2日)に託けて、むかし書いたものをリライトする。 ※  1994年から99年まで横浜に住んでいた。当時は『わくわくパスタ』(仮名)というブラック職場で過酷な労働をしていたものだからこの街にはそれ相応の怨念めいた記憶もあるが、基本的には好きだ。第二の故郷だと思っている。  先日仕事の都合で、昔住んでいた辺りに行った。14年ぶりである。あんまり懐かしかったから少し散歩をしてみた。  かつて『わくわくパスタ』があった場所には巨大マンションが建ち、当時の面