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夏の記憶、緑の光

 10年ぐらい前、市の施設で蛍の放流があり、義父母の案内で娘を連れて行った。
 娘はまだ幼稚園に上がるかどうかぐらいで、じいちゃんばあちゃんと出かけるのが嬉しくて、蛍が何かもわからずはしゃいでいた。そうして実際に放されると、今度は緑の光にますますはしゃいだ。それから義母が2匹ばかり捕まえて小さな虫かごに入れてくれたのを、随分大事そうに抱えて帰宅した。
 家で灯りを消して蛍の光をみんなで眺めていたら、ふとこんなことを思い出した。

 自分がまだ幼稚園に上がる前のことだ。
 ある時、母方の祖父母宅に1人で泊まった。多分妹が生まれる前の夏だったろう。
 祖父が仕事から帰ってきたのを祖母と一緒に出迎えたら、祖父は「裕、ほら」と虫かごを差し出した。見ると中には黒い虫が3匹ばかりモゾモゾしている。
 何だか気持ちが悪いと思ったら、隣で祖母が「まぁ! 蛍ですねぇ」と少し驚いた。祖父は「今晩寝る時に、蚊帳の外へ放してやりなさい」と云った。自分は、寝る部屋にこんな大きな虫を放すのは嫌だなぁ、と思ったが黙っていた。

 寝る段になって、果たして祖母は虫を放した。じきに、灯りを消した室内のあちこちで緑の光がぼぅーっと浮き出した。
「ほら、あそこに蛍がいるねぇ。あっちにもいるねぇ」と添い寝しながら祖母が云う。それで初めて、緑の光がさっきの虫だとわかった。自分が「あ、あっちにもいるよ!」と云ったかどうかまでは覚えていないが、多分云ったろうと思う。
 そのやさしい光を眺めながら、いつの間にか自分は眠りに落ちた。

 翌日、迎えに来た母に祖母が「鏡台の裏で死んでたのよ」と云った。母は、「蛍を見たの? 良かったねぇ」と云った。

 娘の蛍を見るまで、何十年もずっと忘れていた。

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