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飛行機に乗る

飛行機は滅多に乗らない。
プライベートでも、仕事でもそうだ。だから、どういう乗り物なのか、未だによくわかっていない節がある。
この日ぼくは、仕事で青森へ行くために、浜松町からモノレールに乗って、羽田空港の第二ターミナル駅で降りた。
羽田空港なんて、ほとんど来たことがない。土地勘もないし、そもそも勝手がわからない。
完全に田舎者丸出しである。
とりあえずカウンターまで行き、チケットを見せて指示を仰ぐことにした。
カウンターの向こうには、いかにも空港勤務といった、隙のない出立ちの美人が座っている。
その美人の顔が、さっと青ざめた。
「お客様の便は、第一ターミナルになります」
「第一ターミナル?」
事情が飲み込めない。同じ空港なんでしょう?というにぶい表情で美人を見た。
「出発まであと十五分です。ここをまっすぐ行ってください」
美人は緊張した面持ちで、ヘッドセットで何か喋っている。そのままカウンターから出てきて「こっちです」と言いながら、ヒールを鳴らして走り出した。ぼくもそれについて行く。
ようやく事情が掴めてきた。
青森行きの乗り場とは反対側のターミナルに来てしまったらしい。本来はモノレールで一つ手前の第一ターミナル駅で降りなければならなかったのだ。
「走ってどれくらいかかりますか?」
「十分くらい……ですかね」
遠い。
マジか、と思った。
そんなにでかいのか、羽田空港。
「間に合わない場合、次の便で行けますか?」
「空きがあれば……という感じになりますね」
つまり、航空会社の方でも最善は尽くすが、この便を逃したら、青森行きの飛行機に乗せられる保証はない、という話だった。
いまさら、電車やバスとの違いに驚いている。飛行機、なんと融通の利かない乗り物なのか。
「あとはここをまっすぐ行けば第一です。こちらから連絡してありますので、カウンターでお名前を伝えてください」
美人係員の対応は完璧だった。
感謝の意を伝え、ぼくは走った。
廊下が恐ろしく長い。考えてみれば、モノレールの駅一つ分離れているわけだから、当たり前ではある。
息を切らせて第一ターミナルのカウンターに着くと、こちらにもまた別の美人係員がおり、ヘッドセットで喋りながら「こちらです」と誘導してくれた。
身体検査もほどほどに、そのまま飛行機の乗り場まで並走し、他の添乗員とも連携しながらバトンリレーのように鈍臭い男を飛行機の中まで通してくれた。
他の乗客は全員澄まし顔で座っているが、内心呆れていただろう。
席に着いたところで、時計を見た。
出発五分前。
ギリギリである。
肝を冷やすと同時に、最初に会った美人係員の見積もった時間の正確さに唸らされた。
飛行機は無事、定刻通りに離陸した。

着陸と同時に目が覚めた。
時計を見て、たった一時間しか経っていないことに驚いた。飛行機、こんなに速い乗り物なのか。
そんなわけで、とりあえず客先には遅刻せずに済んだが、打ち合わせ中、顧客から「嘘でしょ」「それ本当ですか」という、普段浴びない言葉を何度もぶつけられた。
良かれと思って提案しても全然刺さらない。結局、十分な信頼関係を築けずに帰ることになった。
飛行機で全ての運を使い切ったのか、空港の人たちに迷惑をかけてバチが当たったのか、相性の問題なのか、その辺はわからない。

翌日、同僚に笑い話として、飛行機に遅れそうになった話をしてみた。
彼は九州出身である。全く笑わず、
「それ、割とヤバイやつだよ」
とだけ言った。
飛行機に乗り慣れている人からすると、信じられない粗相のようである。
以来、あまり人に言わないようにしてきたが、もう干支が一周するくらい昔の話なので、そろそろ文章に書いてもいい頃だろう。
もっとも、今でも飛行機は滅多に乗らないので、同じ失敗をしないとも限らないのだが。

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