見出し画像

「将来、健常者と障害者の境目がなくなったときに、スタッフをどこでも通用する人材に。」ブラインドライターズの描く組織論

議事録やインタビューに欠かせないのが「文字起こし」。いろんな企業から文字起こしソフトが発表されていますが、AIがどれだけ発達しても、その場の臨場感も含めて適切に起こすには人の手には、かないません。そんななか、文字起こしのプロ集団がいる、しかもそのほとんどが視覚に障害を持った人たちで構成されている企業があります。その名も「合同会社ブラインドライターズ」。

視覚障害といえば「恋です!ヤンキー君と白杖ガール」(日本テレビ)が話題ですが、ドラマが放送されるずっと前から、視覚障害と向き合い、強みに変えている人たち。以前、知人からその存在を聞いてずっと気になっていました。

今回は「合同会社ブラインドライターズ」代表の和久井香菜子さんに、身体に障害がある方を中心にした雇用やビジネス、マネジメントについて伺いました。

「ブラインドライターズ」とは?

視覚に障害をもつスタッフを中心に構成された会社です。文字起こし(クライアントから受け取った音源に含まれる会話をテキスト化する業務。反訳、テープ起こしとも)を中心にサービスをおこなっています。このほかに文字校正、取材・執筆などの編集プロダクション業務もおこなっています。最近だとドキュメンタリーなどテレビ番組のお仕事も多いそう。

▲合同会社ブラインドライターズのホームページ


―合同会社ブラインドライターズ設立の経緯を教えてください。

和久井さん:1996年に当時所属していた会社のウェブでコラムを書いていたら「おもしろい」と褒められたことがきっかけでライターになりました。当時はライティングと言えば雑誌や書籍など紙がメインでしたが、1996年といえばまだインターネット黎明期。ウェブライターは、まだ珍しい存在でした。

合同会社ブラインドライターズ代表の和久井香菜子さんの画像

▲合同会社ブラインドライターズ代表の和久井香菜子さん


それからずっとライターとして仕事をしていたのですが、あるとき一人ではどうにもならないスピードとボリュームの案件があって。8時間のインタビューを3週間で書籍にするという内容でした(笑)。

インタビューを書籍にするとき、文字起こしは必須。日常的に文字起こしはしていたのですが、とてもまに合いません。周りに相談して「視覚障害で文字起こしをしているいい子がいるよ」と知人経由で紹介されたのが、松田昌美さんでした。彼女にお願いしたら、自分が起こしたものよりも丁寧に起こしてもらって。

その後、彼女が広告塔になって、依頼が増えて、人を増やして…を繰り返して今や登録スタッフは30人超に。2019年に合同会社ブラインドライターズを設立しました。

▲著名人にリツイートされバズった松田さんのページ。ブラインドライターズはこのあたりから注目を集めはじめたという


設立当初からフルリモート。スタッフ間のコミュニケーションはどうやってとっている?


―「ブラインドライターズ」のスタッフや働きかたは。

和久井さん:私は晴眼者ですが、他のスタッフは視覚障害者を中心に、下肢障害、過敏症など何らかの障害を持つスタッフで構成されています。全体の8割から9割が視覚障害者です。

私自身が長くフリーランスをしており、働きかたとしてフリーの方が馴染みがあることもあって、スタッフは全員「業務委託契約」です。ブラインドライターズのほかにも仕事をしている、いわゆる兼業のスタッフも多いです。


立ち上げ当時から完全なリモートワークで、居住地も北海道から九州までさまざま。通勤が難しいスタッフも問題なくお仕事をしています。


―現在働かれているかたはどのようにこのお仕事にたどり着くのでしょうか?

和久井さん:ときどきTwitterなどのSNSで募集をしていることもあるのですが、今はどちらかというとスタッフや知り合いからの紹介が多いですね。現在急激にご依頼が増えているので、ブラインドライターを絶賛募集中です!

▲ブラインドライターズのTwitter


―フルリモートの場合、採用はどのようにおこなっているのですか?

和久井さん:面接の代わりに、応募者には1時間の音源を1週間で文字起こししてもらう課題を出しており、それをもとに適性を見ています。あと、お仕事は基本的にメールやSlack、Dropboxでのやり取りになるため、そのあたりは理解してきてもらうようにしています。

―独特な採用方法ですね。

和久井さん:うちの仕事は、締切は絶対です。守れなければクライアントに迷惑がかかってしまう。また、文字起こしは知らない世界の話題も多く、知らない言葉を調べる根気も必要です。仕事に対する責任感やトライする気持ちは非常に重要だと考えています。

▲ブラインドライター募集のnote


―コロナウイルスの感染拡大で働きかたも大きく変わり、リモートでコミュニケーションをとることに頭を抱えている企業も多いと聞きます。全員フルリモートの場合、普段はどのようにコミュニケーションをとっているのでしょうか。

和久井さん:スタッフが5〜6人のときはLINEを使ってテキストでやり取りをしていて、雑談グループ、仕事の連絡グループのように分けてコミュニケーションをとっていました。

しかし新しく仲間になったスタッフが古参の人たちの輪のなかにはいりづらい、という問題が出てきたんです。コロナ以前は半年に1回、実際に合うオフ会もしていたのですが、緊急事態宣言でオフ会もできなくなり…。

代わりに月1回、Zoomを使ってオンラインで定例会を行うようにしました。そこで業務連絡やテーマを決めてみんなで話しています。この方法は1年以上続いていますね。

▲定例会の様子はTwitterで紹介されることも。


「文字起こし」の仕事でもやっぱりコミュニケーションは大事です。たとえば3時間以上の音源を1週間であげるようなときは、一つの音源を複数のスタッフで振り分けて行うこともあります。Slackで、「右側で話している人は●●さんです」とか、「司会のかたの表記どうしますか」といった原稿の文字統一のやりとりをスタッフ同士でおこなっています。


―あえて電話ではなくてテキストでおこなう意図は?

和久井さん:スタッフが稼働できる時間が異なり、タイムリーに返事できないことも多いので、テキストでおこなっている部分はありますね。ただ、文字ベースでやりとりしていると、問題が深くなってきたときにケンカっぽくなってしまいます。

そのため、定期的に口で話すことも大事だなとも思っています。今は週に1回、会社の幹部候補の人たちでZoomを使ってオンラインミーティングをおこなっています。


「大爆発」がきっかけで会社がひとつになった。


―順風満帆に見えますが、ずっと順調にきているのでしょうか?

和久井さん:実は今年の春、私が「仕事しません」って大爆発したことがありました。スタッフと私の間ですれ違いが生じて、1か月ぐらいずっと怒っていたんです(笑)。しかも私が仕事を放り出しても誰も動いてはくれず、仕事はたまる一方。それまでは「自分は完全に黒子(くろこ)に徹して面倒くさい部分は自分が引き受けよう」と思っていたので、クライアントとのやり取りや営業、管理などの雑務は私が一人でおこなっていました。この時はじめて、私はスタッフに対して、伝えるべきことを伝えていなかったことに気づいたんです。つまり私が何をやっているのか、誰も知らなかったんですね。

そこで、何人かのスタッフと個別に連絡を取り、どうして私が怒っているのか、今後会社をどうしていきたいか話し合いました。結果的に、スタッフの中から幹部候補を育てることになりました。


周りの経営者からは、「外から招いたほうが早いし、ゼロから人材は育たない」と反対されました。でも機器の発達や人の意識も変わっていくだろうことを考えると、将来、健常者と障害者の境目はほとんどなくなると思っているんです。


そうなったときに、ブラインドライターズのスタッフが健常者のライバルと張りあえるビジネススキルと考え方を持っていたら、ビジネスの世界で生き残っていけるはずです。文字起こしの仕事も、恐らく今後、淘汰されてしまうでしょうし。いろいろ考えて、身内から幹部候補を育てることに決めました。

募集をかけたところ、スタッフが何人も立候補してくれて。6月からは幹部候補スタッフが週に1回、定例会をおこなっています。


―幹部候補を募ってまだ数カ月ですが、効果を感じることは?

和久井さん:それがすごく効果がありました。スタッフが自発的に営業して、仕事を受注したんです。それも営業経験のないスタッフが自らリストを作って、電話で売り込みをして…。すごく成果が出ていて、10月は過去最高益となりました。今まで孤軍奮闘して来ましたが、スタッフ個人の意識が変わるだけでこんなに成果が上がるのかと驚いています。


―スタッフの士気をあげるための秘訣は?

和久井さん:それぞれの自己肯定感をあげていくことが大切だと思っています。こまめに感謝を伝えたり褒めたりして、人から必要とされていることを感じてほしい。

クライアントに文字起こしの原稿を納品した際にいただいた、お褒めの言葉は必ずシェアしています。私の大爆発も結果的に、受け身ではなく、自分ごとにしてもらえるきっかけになったのかもしれません。だから自主的に営業してくれたのだと思うし、それまでブラインドライターズの特徴や会社の方針もちゃんと言える人があまりいなかったけれど、自分たちで伝えられるようになっていったなと。

でもやっぱり、「ブラインドライターズが好きだから続けていきたい」って思ってくれていた人がいたことが大きいです。
だから、ブラインドライターズのスタッフはどこでも通用する人材になっていってほしいし、その上で「ブラインドライターズが好きだからここで働く」という「選ばれる」会社にしていかなきゃいけないなと思っています。

合同会社ブラインドライターズ代表の和久井香菜子さんの画像2

▲和久井香菜子さん


―これから障害者雇用を検討している会社にアドバイスがあればお願いします。

和久井さん:障害を持っている人に対してかわいそうだとか、個性だとか、特別扱いをしない気持ちがいちばん大事だと思います。障害については、もちろん配慮すべきところもあります。でも聞いてはいけないわけではないですし、聞くと案外フランクに答えてくれる。できることとできないことは本人に聞いちゃっていいと思うし、そうやって理解し合おうとする姿勢が大切なのかもしれませんね。

▲スタッフと麻雀をしたときのこと

▲優しい未来になることを祈っています。


※本記事は、音声読み上げに対応するよう、一部ひらがな・カタカナで記載しています。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?