ひとくち30回噛んで食べなさい
私は、食べるのが早い。
どのくらい早いかといったら、結構早い。
いや、それじゃわからん。
実際どのくらい早いのかわかる具体的なエピソードを引っ張り出そうか。あれは前の高校に通っていたときのこと、昼休みの後に学年集会のようなものがあって、急いで昼食をとらなければならない場面があった。
「ちょ、やばいって、急がな。間に合わん。次セミナーやで?階段走っても2分はかかる、遅れたらさすがにえぐいって」
待て待て友よ、焦るな。そんな気持ちで私はおにぎりを握りしめていた。君たちは知らないだろう?私実は食べるの遅くないんだよ。集合まで後8分、おにぎり一個と歯磨きとトイレと移動。余裕だな。
「え、食べんの?遅かったらほってくで?絶対無理やって。おにぎりってどう頑張っても30秒以内で食われへんねん、てか3分くらいかかんねん。喉詰まって死ぬど?」
大丈夫やって、落ち着いて。
「落ち着いとるわ。こっちは遅刻したないだけやねん」
おん、間に合うから。
確かに30秒は無理だ。YouTubeでそれがトレンドになっていた時期があった。おにぎりは絶対に30秒以内で食べれないらしい?!という具合に。しかし私は知っている。水溜りボンドのトミーさんは25秒でおにぎりを食べていた。
トミーにできて私にできないわけないだろう!?
私は足が遅いが、本気を出せばもっと速く走れるのではないかと思うときがある。100mを10秒くらいで走る陸上選手と、100mを20秒くらいで走る私。どちらも同じ’人間’だ。全く同じようになれなくても、少なくとも人間のポテンシャルはここまであると証明してくれる。
勢いでトミーさんを呼び捨てにしてしまったが、当時の私は本気でこの動画を思い出したのである。友は驚いていた。こいつほんまに食いきったやん、と。
本来早く食べられる私が、意識して遅く食べることは当然可能である。いつもなら周りのペースに合わせて、お菓子をつまんだり先輩のインスタのストーリーを見たり隣のクラスのやつとテレビ電話を繋いだり、だらだら食べるみんなと同じようにゆっくり箸をすすめていたから知らなかったのだろう。
私はだらだら食べるのが好きじゃない。本当は。喋らずに味わいながら自分のペースで食べたいタイプ、それでも5分後には完食してしまうのだけれど。
ちなみに、この後歯磨きもトイレも移動も全部済ませて、むしろちょっと余裕があるくらいだった。おにぎりは1分くらいで食べた。
◇
小学生の時にこんなことを習わなかっただろうか?
ひとくち30回噛んで食べなさい
私は幼い頃から食べるのが早い子供だったので、学校で習う前に母から言われていた。だけどこれが意外と難しい。早食いが癖ですぐに飲み込んでしまう。よくない。
これを習ったばかりの小学3年生のとき、給食の時間にとあることが起きた。
「お前ほんまに30回噛んだんか!!」
一番最初に食器を下げようと立ち上がったB君にそう叫んだのはA君。B君はしどろもどろ、しかし急に叫ばれてイラついたのかなんとも言えない表情をしていた。私はこの時点でもう後ひとくちで食べ終わるところまできていたし、30回噛んでいない自覚があったので黙って座っていた。今立ったらめんどくさそー。
A君とB君は喧嘩みたいになった。私はやっぱり黙って見ていたが、なんでこんなしょうもないことで言い合いをしているのか不思議でたまらなかった。今思えば、A君の方がいつも食べるのが早かったから、つい最近習ったことでいちゃもんをつけてでもツッコんでやりたかったのだと思う。口喧嘩はA君の方が強い、体格も大きい、B君は机に突っ伏して泣き出してしまった。
「うちでは20回でいいって言われてるねんもん....!」
これがB君の最後の一言となり、大泣きして、先生も間に入って、仲直りして...という感じだったと思う。この時の私の気持ちとしては、’ちょっとおもろい’だった。20回か30回か、どちらが早く食べられるか、そんなことで本気になって喧嘩するなんておもろいなあとしか思えなかった。(ヤな子供)
とはいえ私の記憶の改ざん具合はひどいので、このエピソード自体全く違うものかもしれないし、A君とB君として私が頭に思い浮かべている彼らは全くここに関与していない可能性もある。ただ、20回と30回で誰かが言い争っていたのが印象的だったのは確かである。
だらだら食べるのと、ゆっくり味わって食べるのとでは違うと思う。
私は、ゆっくり味わって食べられるようになりたい。それからきれいに食べられるようにもなりたい。コース料理のように大きなお皿に小さく盛られた食事をすぐに平げ、早く次来ねぇかなあ〜と思うのはやめたい。
どうすればゆっくり味わって食べられるかしら?
ひとくち30回噛んで食べなさい。