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#機能していない在り方②(後編)#7

家族の誰かがヒステリックだったり、
言動に筋が通っていなかったり、
威圧的だったり…悪への制裁を下す者もない。

私は三人きょうだいの末っ子だが、
「末っ子が可愛がられる」ジンクスどこ吹く風、
弱き立場として抑えこまれた。

思春期反抗期を存分に味わう兄や姉、
そのエネルギーに「負けてもうとるだけやん」
に見える両親。

わたしにも勿論、感情や欲求や弱さや、
リズム的に調子悪い時、人として未成熟な欠点は
あるのだが、「親やきょうだいのように
残念な人間性でありたくない。感情も欲求も
未成熟さも、みっともないだけ。隠したい。」
そんな気持ちの強まりは、当然ながら
心をどんどん弱らせた。

18歳、高校を卒業する手前の、休みの期間。
住まいの京都府内ではあるが、少し遠方へ出かけた帰り道に、過呼吸から発作を起こした。
「人は、原因も分からずに急に死ねるのだろう」
と思えるような、痛みと苦しみがあった。

このとき、その体験を話したい、聞いてほしい人が、私の世界には1人もいなかった。
既に、中学高校に置かれたカウンセリングルームでは、失望という土産を持ち帰り、とっくに屑籠へ投げていた。
ちなみに大学入学後も、カウンセリングルームへ
挑戦したが、結果は似たようなものだった。

私は苦しい大学生活を過ごし、
「友達をどんどん増やし、楽しい思い出を増やしたり」とは、真逆の若者を自覚しながら
「若者であること」が終わってほしいような、
この時期が報われるような「いつかは青春を」
というような、相反的な希望を抱いていた。

その後の就活に於いて、「死を体験するような」
苦痛の体験と共に、あらゆる事実をさらに蓋して
社会に出る選択をし、生きてゆく。

病歴としては、パニック発作は28歳以降は起こらなくなる。クリニック通院と安定剤服用に、
抵抗がなくなった為だろう。
長い不安障害と、「うつ病」と診断され難いような長いうつ状態の中、身体的にうつ病だと、自分で分かる時期もあり治療もした。

それとは別に、3週間以上強い眠気が続き、働けず眠りの日々の中で、なんとか起きる努力をし社会復帰した経験が、30代で三度もある。
このような症状は研究結果が出ておらず、障害者手帳にも反映はされない。
よって、私の病歴は「不安障害」のみである。

ケアとしては、通院と服用、必要な時の信頼できるカウンセリング、今後は何らかの支援も申請、
障害年金の受給、おとなこどもの自助グループへ参加、等々あり、既に着手している。

そんな事を経て、「自分が100%被害者だ」と
理解されたい欲求は、過去より激減している。

ただ、私の苦痛な体験と、実行により叶えてきた
ケアとその効果、そして私の在り方そのものから(社会的に機能していると言い難い、この在り方)
巻く者も巻かれる者も、願わくば何かを得てほしいと思う。
症状をこじらせたり、病を招く暮らしから、
自分も誰かも共に、離れてほしいと願う。

狭い社会であれ、広い社会であれ、
傷つけ合うままの快適ではない社会が、
少しは良くなってゆくのだと、
信じて生きれられる世界を、ただただ願う。

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