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ただ、君が欲しかっただけ


ゆきが結婚する。
出会って10年、あっという間に季節が変わって、お互い27歳になった。そして、ゆきは「女の子」になった。無骨な面影は、もうどこを探してもなくなってしまった。

「みんなに見てもらいたかったな。」

目の前にいるのは、違う姿、香りになった「ゆき」だ。こっちのゆきとは、友人歴は5年で、全く慣れない。慣れたくないのかもしれない。

「しょうがないじゃん。ここ日本だよ。」
「そうだよね。でも、誰を好いたっていいじゃない。生まれた時から何もかも違ってるんだし。」

そう言って真っ白に着飾った彼女は、うつむいた。雪空の合間から細く光が差し込んで、キラキラと横顔がとびっきり綺麗だった。

「好いちゃダメな人もいるよ。」

「え…?」
「ううん、何でもない。ほら、お祝いなんだから、主役がそんな顔しないの。」

無理矢理に声を明るくして、目の前にいる花嫁に笑いかけた。やっぱり、綺麗だな。ちらちら窓の外で降り始めた本物の雪みたいに。掴もうとしては手のひらで儚く消えてゆく。まるで、最初から存在さえなかったみたいに。

「あーちゃん…?」

気つけば私は泣いていた。
涙が吶々とあふれていた。堰き止めていた感情の堤防が徐々に崩れていくのが分かった。隠し通すつもりだった。この気持ちは、私だけのはずだったのに。

「嬉しいんだよ。ゆきが幸せになって…。」

人生で2度目の嘘をゆきについた。
 どうして隣にいるのが私じゃないの。どうして女の子になっちゃったの。溜め込んだ感情が涙でボロボロになってはらはらと溢れ出る。
 ブラジャーを初めて一緒に買いに行った日、本当にさよならしたつもりだったのに。半ば強引に引き裂いたゆきを想う気持ちが、一瞬にして蘇る。まだ、あなたを好いていたい。ゆきを想う権利を奪わないで。

「あか…。」
名前を呼びかけたゆきを遮るように、トントンと静かにお別れの合図が鳴った。

「そろそろ、お時間です。」

「おめでとう、ゆき。いってらっしゃい!」

背中から、ゆきの戸惑う感情がひしひしと伝わる。声は、隠し切れないほど震えている。これが私の精一杯。人生で最初で最後の告白。叶わないのなら、最後の私は、綺麗で、優しくて、ゆきの大好きな「あかり」のままでいたい。

「いってきます」

呟くように吐き切った声と同時にパタンと扉が閉まった。スッと上を向いて、手のひらでこめかみを抑える。
窓の向こうは、美しい白に包まれている。深々と止むことを忘れた粉雪がふわふわと落ちて、スノードームの中のようだ。

「…大好きだよ。」 

一度とて届くことはなかった。私だけの秘密。

透明で
淡くて
壊れそうな

自分しか映らない気持ち。 

 誰もいなくなった1人きりの部屋で、私はただ立ち尽くす。

もう、これは恋とは違う。

ゆきをきっと愛してしまったんだ。深く、深く、ずっと深く。この美しい雪のように、真っ白に。

過去



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