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いつも、全部おいしかった。【chapter70】




弔いがてらビールを飲みたくなるような、ずぶ濡れのドブネズミのような。ジャスミンティーのグラスの水滴を、リョウは見つめる。

水滴を親指でなぞり、湿った指先でカウンターの木目をくるり、くるりとなぞる。

「横取りね」

オギの、無装飾を装いながらも平熱より微々高い温度の声がリョウの耳に、静かにストンと届く。「横取り」他者の口から音として聞くと言葉は一層重みを増し、胃が重くなる。

反省、伝えきれなかった感謝と謝罪、後悔、自責、もしもボックスで過去に戻りたい、尽きぬ懺悔。どれだろう、どれも全部か。「虫酸が走る」とタカシの目を見つめ吐き捨てた、けれどタカシを好きだった、宝物だった、最後の日まで、今も。指でなぞる木目がアリ地獄のように思える。

「まあいいや、その話、面倒くさいから。

俺、お前に女盗られたことないし。それに生前、彼女に手を出したわけじゃないだろ、中途半端に悪者ぶるな気持ち悪い。反吐が出る。何にせよ過去には戻れない、タカシくんはもういない、前を見るしかない。

そんな話どうでもいい、んでさ、女ってさ……」

新しい泡に口をつける男友達の横顔をまじまじと眺め、

(もう帰ろうかな)

腹の中だけで呟き、自然、顔が綻ぶ。

湿った空気を垂れ流し、ビールを不味くさせたであろうと申し訳なく、情けなく思う気持ちを景気よく吹き飛ばす。思わず笑ってしまう、笑うしかない男友達の声。ビールを何杯でも奢りたくなるほど、救われる。

「……ていうかさ、これ、ハイロウズの方だよな。ブルーハーツじゃないよな」

オギが思案顔で空を読む、シャララとヒロトは歌う。

このままどこか遠く連れてってくれないか。

堪らない、優しくて優しくてやってられない。下を向きずぶ濡れで木目をなぞっていても、永遠に日曜日に居たくなる時だってあるだろう、と優しくされてしまう。リョウはジャスミンティーを大きく飲み込む。とても旨い、久々に会った男友達は優しい。家に帰れば「おかえりなさい」と笑ってくれる人がいる。

「お前、この歌が似合うな。滅茶苦茶似合う、お前にピッタリだよ」

「は?歌に似合うとか似合わないとかあんの?全くわかんねえけど。でさ、エサだよ。エサの話。女ってさ、一緒にいられるだけで幸せ、的なやつ?あれ嘘な」

「嘘?」

「嘘じゃないにしても最初だけだよな。月並みだけどさ、そばにいられるだけで幸せとか最初だけでさ、三ヶ月くらいしたらやたら記念日が増えてるんだよな。誕生日やらクリスマスやらホワイトデーはまあいいとしても、出会った日記念だの付き合い始めた記念だの、喧嘩別れしたけど復縁した記念とかさ、お前覚えられる?月のほとんどが記念日になってくぞ?月命日だって月一回だよ。どっか連れてけとか、プレゼントだとか……ただの口実だよな。あー、面倒くさい、全身全霊で面倒くせえ!もうさ、どさくさに紛れて月二回誕生日祝ってんじゃねえかな、俺。あいつの誕生日聞かれたら、正直すぐ答えられないもんな。んで、俺の誕生日はさ、雑なんだよな~、扱いが。あからさまに」

「誕生日」

「あとさ、厄介なのがサプライズと手紙な。お手紙」

「手紙?」

「女はなんだかんだ気持ちのこもったお手紙が嬉しいもんだとか言ってさ、お前そもそもそんな繊細な情緒持ち合わせてねえだろって話だよな。毎日何回ラインしてると思ってんだよ、そんな今さら手紙で伝えることもねえっつうの。この前、今日は天気が良かったね。パスタおいしかったよって書いたら本気でキレてさ、小学生の日記じゃねーとか言って。

これ旨いな。

お前んとこ料理上手いんだよな?いいよな、心の底から羨ましいわ。うち、この前カルボナーラ作ってさ、玉子ボッソボソ。これ、そぼろ?って聞いたらまじでキレてさ。苦手なら高度なとこに手を出さなきゃ良いと思うんだけどな」

艶々光る、オイルを纏ったタコを持ち上げ、旨そうに咀嚼するオギの横顔をリョウは見つめる。

「旨い?」

「旨い」

「おいしい?」

「は?おいしいよ、なんだよ。お前も食べればいいだろ?」

「ん、いや、おいしくてなにより」


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