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磨きのかかる悪筆

 

 愛用の万年筆はモンブラン、マイスターシュトゥック149の太字……柄にも無く、ご大層な一品である。
 買った当時より値は上がって、十万以上はする。今では、とても手が出ない。

 しかし、さぞやこの名品も、僕というとんでもない使い手に出会って、運の悪さを嘆いていることだろう。

 そう。物の見事な悪筆なのだ。果たして遺伝という要素があるのだろうか。思えば、我が一族には達筆は一人もいない。
 文筆業をなりわいにしていた祖父からして、残っている原稿を見る限り、とても上手い字づらとは言えない。お袋にしてしかり、叔父の一人などは銀行員だったこともあって、悪筆の劣等感から、なんと定規を使って縦、横の線を引いていたくらいである。

 小学校の時、当然のごとく書道はハチャメチャで、払いの部分など細筆で輪郭を描いてから塗りつぶすという暴挙に出で、先生を呆れさせたものだ。

 とは言え、別に読めればいいだろう……と、僕としては開き直っていたのだが、学生時代そうもいかない事態にぶつかったのだ。

 教授の講義の速記を企て……仲間にはつい「俺にまかせろ」と嘯いたものの……その後、自分の綴った文章がさっぱり解読出来ず……顰蹙を買ったものである。

 僕が小説を描き始めた頃は当然手書きだったのだが……やがてワープロが登場した時の感動は忘れられない。

 当然今ではパソコンで文章を綴っているのだが……時には、万年筆やガラスペンを使ってメモなども認めるのだが……悪筆に、ますます磨きがかかったふぜいである。

 同じ下手くそな字でも、中には味のある書き振りというのもあるが、僕の字にはいかに贔屓目に見ても、何の取り柄も無い。
 そう。蚯蚓がのたくるに似た剽軽な動きも、金釘流的古拙味も皆無である。

 はて、かかる悪筆を擬人化したら……どんな塩梅だろうか?

 チビのデブで、癖毛の絶壁、ニキビだらけで目が細く、ボツボツだらけのでかい鼻にラムネ瓶の眼鏡を引っかけ、分厚くて締まりのない唇……猪首の短足で、のび放題の爪にはアカがたまり、……1週間着たきり雀のヨレヨレTシャツに、……スニーカーは磨り減って、ゴムの緩んだソックスが覗く……

 いけねぇ! とても原稿用紙というプロムナードは歩けそうにない……

 

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