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ウルの思い出

 犬派か猫派かと訊かれれば、僕は断然「猫派」である。

 それでも子供の頃は犬を飼っていて、あまり記憶にはないのだが……一匹は柴犬で、お袋が可愛がっていたらしい。ただし、噛み癖があって、周りから非難されたらしく、かなり遠くの公園に当の犬(テクという名)を、とある木に鎖でつないでその場を去ったという。ところが、当のテク……鎖を引きちぎって、遠路我が家に戻ってきたのだ。お袋が感動したは、言うまでも無い。ただしテクは、心臓に虫がわく病であっけなくこの世を去った。
 もう一匹は「タオ」という名の、柴とテリアの混血を飼ったこともあった。これは人懐こくて、かなり長生きしたが、小学生時代とあってやはり記憶は不確かである。

 その後、犬を飼うことはなく、何匹が猫と暮したが……特に「アカ」と「ウル」は印象が強い。
 「アカ」については以前書いたと思うが、はっきり言ってカッコ良すぎで……その死に様も劇的だっただけに……今思い返してみると、アニメの世界に似た。

 もう一匹が「ウル」。フランス語の「heureux」から拝借したもので、僕がつけた名前である。
 このウルはヤンチャで女好きで、無邪気なチンピラというふぜいの、水色の首輪がよく似合う虎猫であった。

 ウルがまだ子猫時代のことだが、一週間ほど行方不明になったことがあった。溺愛していたお袋は、食欲が落ちるほどであり、夜中に鈴の音を聞くと、即、表に飛び出したもの……
 たぶん、ウルのやつ、若輩のくせに女の子を追いかけ、ついテリトリーを踏み外し……帰るに帰れなくなったのだろう。
 失踪から一週間後である。そろそろ覚悟を決め始めていた深夜のこと……表に鈴の音。
お袋はすぐに目を覚まし……窓を開け、深夜糞食らえの声で、

「ウル!」

 僕もその声で起きてしまったのだが……今回は、幻聴ではなかったのだ!
 ようやく我が家に辿り着いたウルは、二階までの垂直の壁を飛ぶように攀じ登り……お袋が寝室にしている窓から飛び込んできたのだ。
 ウルは缶詰め二缶を飲み込むと、その夜、お袋に抱かれて熟睡したという。話によると、時に悪夢に魘されるよう手足をバタつかせもしたらしいが、完全に家族の一員になった瞬間であった。

 いずれにしても、ウルには随分と手を焼いたものだ。身につまされて去勢をしなかったので……やたら女の子を求めては彷徨い、傷だられで戻ってくると、餌だけはガツガツ……。
 その一方で、耳の病で獣医にもお世話になったもの。
 一度など入院したこともあったが、夜中、獣医さんからの電話で……なんでもウルがケージを脱走、隅に潜り込んで出てこないという。
 僕とお袋は、早速病院に直行。扉を開き、お袋が「ウル」と呼んだとたん……それまで隅で身を固めていたのが、目の前にすっ飛んできて、ミャーオ、ミャーオ。

 しかし、そんなウルも……「幸せ」をもじって付けた名前の甲斐も無く、長生きは出来なかった。

 猫エイズ。

 言わないことではない。女の子と遊び過ぎたのだろうか?

 みるみると痩せ、口内炎いみじくして食事もとれない。それでもウルの奴、最後の野性を振り絞って階段を降り、表にゆきたがるのだ。かっての「アカ」も同じ態度を見せたことがあった。主人に死体を見せないというのは、本当のことらしい。その時、僕はアカの毅然たる決意に気圧され、アニメの主人公に見立て外に出してやったのだが……今回、僕はウルを抱いて二階に戻った。

 お前、カッコつける柄かよ……

 ウルが、自宅の二階のベランダで息を引き取ったのは、その日の夕刻であった。目を微かに開いて……まるで、未だに可愛い女の子を探しつづけているような面構えであった。

貧乏人です。創作費用に充てたいので……よろしくお願いいたします。