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父が旅行先でバナナを自分のお金で買ってクリームパンダになった。

沖縄旅行に行った。バカンス・リゾートの代表格沖縄に、父と母と私三人で行った。

母は、典型的な楽天家で周りからは天然と言われるそうだ。でも母の天然と言われることには、理由がある。まず何より母は決して知ったかぶりをしない。疑問に思ったら素直に聞く。残念ながら調べる事はしない笑。とにかくわからない事はその場で聞くのだ。そんな母がいる旅行はいいつでも楽しい。

さとうきび畑を見ながら走っていると無人販売があった。道沿いに小さな棚と屋根だけがあり、取れたばかりと思われる野菜が並んでいるあれだ。料金はこちらにと書かれ、もう完全に人間は性善説から始まると信じられたシステム。「無垢がそこにある」=「無人販売」っと言っても過言ではない。
たくさんの野菜や島らっきょう等の土地の物がたくさん並んでいた。そこにバナナがあった。4房。1つ100円の激安島バナナである。父は、バナナが欲しいというので1房旅行用の共通財布からお金を出して買った。そして次の観光地へ向かった。

事件は父の一言から始まった。
『帰りも来た道を通るか?』
『通るけどどうして?』
『あの島バナナやっぱり全部買おう。安いし』
全部……私と母は仰天した。カバンの大きさのこともある。昨日すでにスイカも買ってるしと反対した。バナナを持って帰るには房から離れないようにしないといけない。そのことを考えると、今ある1房で十分である。
何より我が家では、買ったバナナが誰も食べないまま黒くなり、仕方なくバナナジュースにする事をここ40年近く何度も経験している。我が家は、猿人類で構成されているが、もうそんな過去の事を忘れてしまうほどに進化してしまったのだ。
反対された父は、意固地を発揮した。

意固地を辞書で調べた所
『意地を張ってつまらぬ事で頑固になること。』
とある。ちなみに意固地と頑固の違いは
『頑固というと時としてその頑固さが良い結果をもたらす意味もありますが、意固地とはどちらかというとつまらない事ばかりに拘って全体が見えてないという意味を表します。』
と書いてあった。
父のバナナへの気持ちは意固地なのか頑固なのか……
そんな「良い結果をもたらす事のない不穏な空気」が車内にどんどん充満する中、無人販売機はどんどん近づいてくる<正確には私たちが近づいているのだけれど>。もう『私の吐く息が不穏の空気になっているのではないか?』と錯覚するほど車内の「不穏濃度」はどんどん時間と共に濃くなっていく。
不穏度90%はかなり息苦しい。そしてついに「無垢そのままの無人販売機」が現れた。無垢である。私達の空気を察することもなく無垢な姿である。
すると父は、車を止めた。
『俺の財布を貸せ!自分の金で買うんだから何も言わせん』
車の扉をバチャンとしめてバナナを買いに行った。母と私の「全て売れてますように」という願いは神様には届かなかった。父は、手に3房のバナナを抱えて戻ってきた。1房には、6本ほどのバナナがあった。つまりこの車の中には、約24本のバナナと、不穏な空気と、進化しすぎた猿人類が3人乗っている。

それが3日間の旅の2日目午前中。そこからの旅は、車内にも部屋にも父から放たれる「不穏な空気」が流れ続けた。空気を変えようと話しかける私と母の言葉は父には受け取ってもらえず、お互いこぼれ落ちそうな言葉を拾い合うだけだった。もう母と私は、ただの道化師である。
買い物に行っても父は家族の財布を使う事はなく、自分の財布を使う。昼食になっても「不穏な空気」が壊れる事はなかった。
「お金が湯水のように湧き出す壺」という表現がぴったりだ。父はお金ではなく「不穏な空気」を湯水のように湧きだす壺だった。
昼食でも言葉を発さず、気を聞かせて話しかけても笑顔ひとつ見せず、途中の観光地で店の人に話をする話ぶりと私たちに対する態度は露骨に違った。その日の夕食、父が飲んだのみものは水だ。母と私がコーラやウーロン茶を頼む中『何を頼む?』と聞いた私に『水』と答えた。海外では水は有料だがここは沖縄。もちろん無料だ。そんな中食べないのかなと思ったっけれど、人間の3大欲求には敵わない。昼も食べてないからか頼んだ食事は、しっかり食べていた。

もちろん3日目もその不穏な空気は続き、父は空港で位置関係を説明する私に向かって声を荒げた。『だから何?どうして欲しいわけ?』

父の顔がバナナに見えた。動体もあるのでクリームパンダみたいだ。
クリームパンダをご存知だろうか?ご想像通りアンパンマンに出てくるキャラクターである。目の周りがジャイアントパンダのような模様になっており本人はそれを指摘されると怒って『パンダじゃないやい!クリームパンダ!!』と否定するらしい。
クリームパンダ様の機嫌は、どこまでも悪かった。あれからどこまでも『パンダじゃない!!クリームパンダ!!』と叫び続けていた。

クリームパンダになった父は、大切なバナナ4房とスイカと一緒に持ち込み手荷物にした。足が悪いので私たちが持とうとするとぐいっと自分の方にそれを寄せ体全体を使って断った。実力行使である。
バナナは大切だ。2日間の気持ちが詰まったバナナなのだ。守り抜いた、勝ち取ったバナナは手放す事はできない。バナナを持ったクリームパンダは弱音を吐かない。男の子だもん。

クリームパンダになった父だが、もうその出来事は彼の中で美化されてまた旅行に行きたいなどといっているようだ。クリームパンダにならないならとも思うけれどもうすでに忘れている彼には、無理なのかもしれない。
彼が必死に守りたかったのはなんだろうか。
4房のバナナは、ゆっくり熟成させるように伝えた。せっかちな父は、待つことができただろうか。怖くてあれからバナナのことには、触れられないでいる。
彼があれほど必死に守ったバナナは、いったいどうなったのだろうか。

クリームパンダのなった父の中にあるのは、『わかって欲しい』ばかりだ。パンダじゃない!!クリームパンダ!!ずっとそう叫んでいるような気がする。
彼が守りたいものは、いったいなんなのだろう。
ちなみにクリームパンダの必殺技は『グーチョキパンチの○○』で○○の中にはジャンケンのどれかが入る。なかなかチャレンジャーというか、出たとこ勝負というか、わかりにくいというか……

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