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  • 花と風葬

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最近の曲たち。 1

私を創る細胞のひとつひとつ。 ・(W)HERE/ヒトリエ ・SLEEP WALK/ヒトリエ ・ハグレノカラー/ヒトリエ ・お一人様と侵略者/Empty old City  ・1999/羊文学 ・絶対的/ヒトリエ ・アンノウン・マザーグース/wowaka ・森の教会/ヨルシカ ・思想犯/ヨルシカ ・シンセカイ案内所/DECO*27 ・グレゴリオ/古川本舗 ・裏表ラバーズ ・Flamingo/米津玄師 ・桜の森/星野源 ・One Last Kiss/宇多田ヒカル ・青年期、空き

    • 花と風葬 10

      第六部 百合II  私は、産まれてくる理由も意味もない人間だ。私の父親にあたる人は、何においても、あまり話したくなさそうだった。話してくれなかった。露骨に不機嫌そうな顔をした。ひどいときには、私の顔をぶった。血が出たときもあった。それでも、衣食住は保証してくれたし、私の頭を撫でてくれることもあった。少なくとも私は、愛していた。お父さんと呼んだことは数えるほどしかないけど、お父さんであることには変わらなかった。  「お父さん」 「どうしたの。百合」 「だーいすき」 「

      • 万年筆とコーヒー

         駅のホームに降りて、改札を抜ける。改札を抜けて少し歩くと、そこにはカフェがある。隣にある本屋で、原稿用紙と、万年筆のインクと同じ色のボールペンを買う。私はまだ万年筆を使えない。インクが掠れてしまうのだ。カプチーノを注文する。まだコーヒーは飲めない。  ボールペンを走らせる。誤字が多いせいで、既に二枚、原稿用紙を無駄にしている。カプチーノを飲み干そうとしたら、カップの底に泡が溜まって、少し気持ち悪くなった。コーンポタージュの缶を振り忘れて、コーンが底にへばりついたときのよう

        • 【連載】花と風葬 9

           「お前、歳、いくつだ」 「……わか、らない」 「チッ」 保険証は、母子手帳はないのか。彼女の母親が投げ捨てて行った鞄を漁る。ははぁ、あの野郎、黙って産みやがった。どうするんだ。まぁ、なるようになるだろう。なんかあったらその顔にナイフぶっ刺してやる。  俺は世間で言う「隠し子」を育てることにした。  公園に行くときは朝方、なるべく人目のつかないうちに電車に乗って遠くへ。水筒と弁当。るららるらと歌を歌う百合は、なんだか……妻みたいで、俺は気が滅入ってしまった。  街中を流れるジ

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        • 花と風葬
          10本

        記事

          【連載】花と風葬 8

           女が次に俺の家に顔をだしたのはそれから四年後のことだった。彼女の右手には、小さな女児がいた。 「あんたの」 と言って、彼女はぐいっとこちらへそれを押した。  彼女と再会するのはかなり遠い未来。  押し付けられた女児。こいつは誰だ。と思ったらこいつ、いきなり頭を下げた。 「どうかここに置いてくださいませんか」 口から紡ぎ出された言葉は見た目に似合っておらず、違和感が充満した。お前は誰だ、と尋ねれば、知らないと応える。お前の母さんは、と聞けば、さっきの女と言う。あいつはどこでこ

          【連載】花と風葬 8

          【連載】花と風葬 7

           家に帰った俺は玄関のチャイムの音で起きる。とびらを開けた先にいたのはあの郵便屋である。帰れ。お前になんか会いたくない。扉を閉めようとすると、 「ね、お姉ちゃんからの手紙、読んだ?」 と訳のわからぬことを言って寄越した。 「見てない」 「だからさ、見たでしょ?あれ、福井行ったんじゃないの?」 誰だよお姉ちゃんって。 「勘悪いな。あんたの嫁は私のお姉ちゃんなの」 明らかに不機嫌になった彼女を見ながら、俺は目を見張った。いや、もう目が飛び出そうになった。何なら飛び出ていたのが俺を

          【連載】花と風葬 7

          【連載】花と風葬 6

           「…もう一度、福井一家殺人事件に関して取り調べをしていただけませんか。いえ、むしろ俺にさせてください」 少し息を切らしながら俺は受け付けの事務員に言った。 「あの…どちら様でしょうか…」 「当時の担当を呼んでくれ」 「あのぉ…」 相手が言い終わらないうちに俺は口を開いた。名乗る余裕もなかった。早く妻のことを知りたい。あの事件の真相を知りたい。  「で、あなた、わざわざ東京から仕事すっぽかしてきたんですか」 「仕事なんてないですよ」 「え、じゃあどうやって…」 「…さあ何で

          【連載】花と風葬 6

          【連載】花と風葬 5

           「…今日午後一時頃、福井……市……三人の…が発見……ました。…が確認され………さん…………二十八歳……さん……。…の第一発見者である………………と述べています…。警察は…とです」 うるさい。黙れ。家のテレビを思いっきり強く叩いてしまったせいで音が悪い。俺は福井県庁にいた。 「それで、あなたは亡くなったお嬢さんの夫なんですよね」 「はい」 そうです。僕の妻はもう何をしても戻りません。いっそ僕も死にたいです。  俺は三年前を思い出していた。最近は夢でたまに見るくらいで、しっか

          【連載】花と風葬 5

          【連載】花と風葬 4

           夢を見た。一匹の犬がいた。暗闇の中から、出られない犬。どうしようもなくて、ただただ惨めに吠える犬。でも、その声にすら怯えている。自分の落とす影に、吠える声に、暗闇に、全てに怯えていた。    翌朝、あの女が来た。玄関の前に立っていた。一瞬息がひゅっとなって、変な気持ちになった。 「…帰れ」 「いやです」 俺が言い終わらないうちに彼女はそう言い放った。 「お前、俺が怖くないのかよ。今この場で俺が殺すことだってできるんだぞ」 彼女は少し微笑んで、 「怖くないです」 と言った。俺

          【連載】花と風葬 4

          【連載】花と風葬 3

           またとある朝、郵便受けに郵便を取りに行くと、郵便屋らしい女が立っていた。妙にヘラヘラしていやがる。腹立たしい。 「あの…、すいません。星さんてこちらであってますか…。表札ないもんだからわからなくて…」 「違う」 ぴしゃりと言い捨てて俺は家に戻る…はずだった。 「あの…」 今度はなんだ。 「星さんてどこですか…」 俺が郵便局の偉い奴だったらこいつをまずクビにするだろう。 「ここの斜向かい」 今度こそ俺は家に戻る…はずだった。 「あの…」 なんだよもう。 「ありがとうございます

          【連載】花と風葬 3

          【連載】花と風葬 2

           今日はどうしようか。暖かいベッドの中で目が覚めたまま俺は考えた。得意の包丁でも使って魚のひとつも捌いてみるか。魚を買って、本屋で本を買って、のんびりしよう。俺は起き上がって、部屋の隅にある洗い終わった洗濯物の籠を覗いた。しわくちゃのシャツとスラックスを取り出して、アイロンをかける。これにももう慣れた。妻が亡くなってこれで三年。慣れてしまえば楽なもんだ。テーブルに椅子が二つあることも、ベッドがダブルなことも、食器が二セットあることも。全て慣れてしまった。アイロンをかけたばかり

          【連載】花と風葬 2

          【連載】花と風葬 1

           世の中には悪いことがたくさんある。例えばそれは盗みだったり、あるいは詐欺だったり、窃盗だったり。しかし、それらで得るのは全て「モノ」である。取り返せるものなんて、盗んでも意味がない。だが、殺しはどうだろう。人は、音楽や芸術や文章などに生というものを表す。それぞれの価値観や感情が、そこには含まれる。葬式なら皆が嘆き悲しみ、泣く。生きるということと同時に、死というものは儚く、美しいものだと俺は思う。その美しくて儚いものをこの手で触りたい。葬りたい。残されたものたちがすでに冷たく

          【連載】花と風葬 1