見出し画像

【連載】花と風葬 3

 またとある朝、郵便受けに郵便を取りに行くと、郵便屋らしい女が立っていた。妙にヘラヘラしていやがる。腹立たしい。
「あの…、すいません。星さんてこちらであってますか…。表札ないもんだからわからなくて…」
「違う」
ぴしゃりと言い捨てて俺は家に戻る…はずだった。
「あの…」
今度はなんだ。
「星さんてどこですか…」
俺が郵便局の偉い奴だったらこいつをまずクビにするだろう。
「ここの斜向かい」
今度こそ俺は家に戻る…はずだった。
「あの…」
なんだよもう。
「ありがとうございます」
顔をしかめたが、悪い気はしなかった。久しぶりに感謝を伝えられた。

 家に戻ると、口からため息が出てきた。これはなんだろうと思ったら、それはどうも疲れらしかった。あの女と話して疲れた。人と話すのは嫌いだが、疲れたことはあまりない。なんで疲れたんだろう。分からないまま、俺はインスタントコーヒーを無造作にマグカップに入れた。

 また一人殺した。もう顔すらも覚えていない。殺した数は手足の指より多い。悪いことだとは分かっている。俺はただ、穴を埋めたいだけなのに。殺すだけでは埋まらないことなんて、知っているのに。
 繁華街、裏道、暗い中。赤く染まったどす黒い塊は、ぴくりとも動かない。俺は裏道を出ようとした。そこに、あいつがいた。
「なにやってるんですか」
あの郵便屋。見られた。バレた。世間からの目は欲しい癖に、いざ捕まるとなると話は違う。今になって少し、自分のことを卑怯だと感じた。どうしようこの女。殺す、しかない。俺は包丁を振り上げた。
「なにやってるんですかと聞いているんです。答えてください」
あまりにも彼女の眼差しが何かに似ていて、俺は思わず目を伏せた。包丁を下ろし、唾を飲み込んで、
「人を、殺した。それの、なにが悪い」
と声を放った。
「花を、彼にあげてください」
意外な言葉だった。彼女は続けた。
「殺してしまったものは、壊してしまったものは、もとに戻ることはないんです。この世界は、壊し続けている。それと同時に、創り続けている。だから時は流れる。あなたは、壊すだけ。ずっと時が止まっている。あなたが生きている以上、時を流さなければいけない。そのために、死者を労らないといけない」
なに言っているんだ、こいつ。そう思っていると、どこから出したのか、彼女は小さな白い花を塊の上に添えた。
「いつか分かりますよ」
そう言うと彼女はふらりと夜の街へ溶けて行った。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?