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【連載】花と風葬 1

 世の中には悪いことがたくさんある。例えばそれは盗みだったり、あるいは詐欺だったり、窃盗だったり。しかし、それらで得るのは全て「モノ」である。取り返せるものなんて、盗んでも意味がない。だが、殺しはどうだろう。人は、音楽や芸術や文章などに生というものを表す。それぞれの価値観や感情が、そこには含まれる。葬式なら皆が嘆き悲しみ、泣く。生きるということと同時に、死というものは儚く、美しいものだと俺は思う。その美しくて儚いものをこの手で触りたい。葬りたい。残されたものたちがすでに冷たくなった頬に手をやるのを見てみたい。だから俺は、ここにいる。だから俺は人を殺す。生を見たい。そのために、俺は死を創る。

 初めて殺したやつは誰だっけ。ああ、そうだ。あいつだ。俺は酔っていた。割れたビール瓶なんてありきたりなもので、頭をかち割った。血が飛んだ。悲鳴が飛んだ。その瞬間俺は目が覚めた。目の前には倒れたそいつと血の海。俺の手には割れたビール瓶。怖かった。俺の目の前にいるやつを、俺が、俺の持っているビール瓶で、俺の手で——。またひとつ、悲鳴が飛んだ。あいつは長いこと苦しんだ。そしてもがいた。しかし、その声に、俺は魅了された。その数秒後、そいつは死んだ。その時、俺の胸の黒いものが、すっと消えていくような気がした。人なんて、やろうと思えば一分もしないうちに殺すことができる。人生百年、死ぬのは一瞬。なんて哀しいことだろう。
 人殺しで快感を得た俺は、次から次へと殺していった。路地裏に住まうホームレス。酒に明け暮れて夜の街を彷徨うサラリーマン。身体を売る女共。腹が立つ奴はみんな殺した。何に腹が立っているのか分からない。でも何故か見ると吐き気がしてくる。そうやって心に黒いものができるたびに、俺は人を殺した。
 
 しかし、こうして何人も殺しているとやがて世間にも目をつけられる。今朝のニュースでは、「謎の連続殺人 未だ犯人見つからず」というテロップが流れた。名声と呼べるものでは全くないが、こうして世間に知らされるのも悪くない。ほんの少し、口の端が上がった。
 俺の存在をこの世に知らしめたい。俺はここだ。ここにいる。ただのうのうと生きていることに意味のひとつも見出さないやつに腹が立って仕方がない。憎い。そんなことなんか考えなくても生きてゆけるお前らが俺は羨ましい!憎い!殺したいほど憎い!
ニュースを見終わる頃、俺は気持ち悪いほどの笑みを浮かべていた。

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