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私はいつも『今』にいる。 後を見れば一本道。前を見れば複数の道に枝分れしている。 どの道を選択するべきか迷う。ここに留まる事はできないと思うと、慎重にならざるを得ない。 ちょっと待って。 若い頃は枝の数はもっと多かった。そうだ、そして選択の難易度は今よりもっと高かった。 それは私が歳を重ねたから事情は変わったのだ。 だが、どれか選ばないと先には進めないのは同じ。 私は何でも一人で決めていかなければならない。どの道を選択したとしても多くの人に迷惑をかける事になる。でも、決め
動物シリーズと言うものは数多あるが、初めて目にしたこの動物石鹸。このシリーズの『ネコ石鹸』と言うものに心惹かれた。 動物の種類によって価格は違っていたが、ただ猫が好きと言うだけで買ってみた。一個300円。 洗顔用・ボディ用なのかの説明は無い。ただ包装紙に描かれた猫が可愛いので、小さなインテリアとして棚に置いておきたかった。 それから数日後、なんだか猫一匹では寂しそうだと思い、もう一つ買って二匹並べた。最初の猫は黒猫で、新入りはブチだ。表情も同じではない。 黒猫だけの時は、何
私の目の前に、殻の山がある。 これは何の殻だろう。 落花生とか枝豆の殻なら珍しくも無いが、陶器が割れた時の破片を思わすような手触りのコレ。なにかの殻である事は間違いないが、中身は何であったのか想像ができない。 破片のひとつを手に取って、軽く力をいれてみた。卵の殻と同じように、簡単にさらに小さな破片となった。 では卵の殻そのものなのか。いや卵の殻では無い。陶器のようにスベスベして、いかにも冷たい。 私はその破片を接着剤で繋ぎ合わせてみた。案外短い時間で完成したが、いや、私
私がこの世の者でなくなり、どのくらいの年月が流れたのか。私の体は無色透明だったはずだが、少しずつそうではなくなってきた。 街を歩いていても、私にギョッとした視線を向ける者、振り返る者が少しではあるが出てきた。 私はなぜ、未だに人間界を彷徨うのか。あの世を楽しめば良いと思うのだが、いつのまにか人間界を目的も無く彷徨っている。 ある日、私は出会った。 二歳くらいの男の子と母親に。 二人は浴衣を着て、男の子は手に虫カゴを抱え、母親はウチワで蚊を追っている。 この風景、どこかで
金は無いが旅行に行きたい。 格安で泊まれて温泉があれば良い。食事はご馳走や珍味は不要、腹が満たされれば良い。 とりあえず検索してみた。探せばあるものだ。 ツアーではない。個人で直接その旅館に出向けば二泊三日がタダになるというもの。但し書きを読むと血液型がABの者限定とあった。 私はAB型。 私はその旅館に電話し、今からでもどうぞと了承された。 その旅館は私の住む街から1時間ほどの街ハズレにあった。かなりの老舗のようだ。 帳場に行く。台帳に記入する前に医務室のような部屋に通
アクセサリー売り場には、真鍮で作られた可愛い品が並べてある。 私も作ってみたい。前から考えていた事を実行しようと思った。 私はロボット開発に携わっている。 私の設計したロボットは、あらゆる場所で活躍中だ。 私の作りたいのは誰もが驚く稀有なロボット。役に立ちそうもないが、たまには役立つロボットを作りたい。勿論,個人的な楽しみとして。 真鍮は銅と亜鉛の合金で扱いやすい。とりあえず前に作った小サイズの古い試作ロボットを再利用する事にした。 プログラミングに時間はかかったが、
夜の帳が下りる頃、アイツはやって来る。神出鬼没の白い影の中から現れるらしい。 人々は戸締りをし、消灯し、アイツが通り過ぎるのをじっと待つ。 瞬きするのも憚られる緊張感。アイツの気配は半端なく強い。その姿は不明。 長く閉じられたこの町で毎晩繰り返されてきた。フッと気配が消えるのをひたすら待つだけ。 白い影とは。アイツの正体とは。知る者は皆無。ただの伝承なのだろうか。 ある日一人の少女が白い影の中から現れた。 どこから来たのか尋ねると 「白い道から来た」と言う。 そ
ある日から私の部屋のベランダに酒が置かれるようになった。もう半年になる。 日本酒一合が、どこにでもあるような安物のガラスのコップに入っている。 私の部屋は10階建ての8階。両隣からも階下からも上の階からも、このコップをこの場所に置くのは不可能。 酒はありがたく頂いている。最高級の日本酒。気味は悪いが美味いものは美味い。無類の日本酒好きだもので。 毒?この酒の芳醇な香りを嗅いだ時、死んでも良いと喉が鳴ったさ。空のコップはまた元の場所に置いておく。しばらくすると消えている。不
この街に小洒落た医院が建てられた。辺りにも内科医院はいくつかあり、大抵の住民はこの街にホームドクターを持っている。 新参の医院の話など噂にもならない。 だが開院となった途端に、この新しい医院の注目度は上昇したのだ。 ここの医師、看護師、受付は女性だけであるが、その全員がすこぶる付きの美女達であった。 男達、その医院に行きたいが健康であれば行く必要は無い。 病気持ちであっても、長年世話になっているホームドクターを裏切るのも気がひける。 しかし、ここは休診日が月曜日。この
「ちょっとー、やめてよー」 妻の声が響く。 「圭が真似するからいい加減にしてよ!」 「ハイハイ」と言いながらも夫は唐揚げをもう二つ摘む。 「揚げたてが一番美味い」 そう言いながら唐揚げの一つを圭に渡す。 呆れる妻を後目に、自分の部屋に逃げ込む夫。 やおら二人はそれぞれに携帯を取り出す。メールチェック。 お目当てのメールがあったらしく、二人の顔がそれぞれ緩む。 夫には秘密がある。妻が知ったらタダではすまない事は重々承知。それでも湧いてくる浮気心。 唐揚げのつまみ食い
きっといつかは、誰かに出会うはずだと信じている。私はずっと一人。いつからか、なぜなのか。記憶は無い。 問題は食糧。近所の空き店舗、空き家から調達してきたがそろそろ枯渇しそうだ。 もう少し遠くの街に移動した方が良いだろう。 私は必要最低限の荷物を古びた自転車に乗せ、人を見つける事と食糧調達を目指して西に向かう事にした。 10日ほど走ると、信じられない光景を目にする。川岸の向こう側は廃墟だけが続く。生き物はいるのだろうか? その時、箱のような何かが近づいてきた。中から出て
自分の光とは、オーラの事だ。 昔、自分の光、又は魂の色を知るためには真夜中に鏡をみれば見える。その色により、性格、運命がわかる。などと言う記事が少女雑誌に掲載された。 私も試したが、何の色も見えず。友人も同意見だった。 あれから自分の色、魂の色の話は立ち消えてしまった。 だが最近、ブームが再燃したようだ。 何と高齢になった今、私には見えるのだ。自分の光はやはり見えないが、他人の光はよく見える。 真夜中でなくても。 しかし、今更占い師にもなれない。商売の才は無い。何の知識
最近、購入したジャケット。 これは裏の商品。 裏の商品だからこそ美しい。高額に見せる為の演出でもある。 この裏地の刺繍は見事。右前身ごろに神秘的な女性が微笑んでいる。 だが刺繍糸には強い毒が仕込んである。 これを着る度に、毒が皮膚に少しずつ浸透していく。 その事を知っての購入。使いたい奴がいる。姉だ。 姉は、幼い頃から私の大切な物、大切な人を奪ってきた。 私の最も愛する人まで。子までもうけた。 絶対に許さない。 私はジャケットを、タンスの奥深くに仕舞った。 何の
古い友人が訪ねて来た。 「誰にも秘密がある。私の秘密を君だけに教えようと思ってな」 そう言いながら、彼が差し出したのは一枚の写真。 暗い背景に火が燃えているだけの写真。 「焚火か?」 私は尋ねた。 「これが、なんで秘密なんだ?」 「しばらく見ていろよ」 私はじっと見つめた。 「あっ」私は、思わず声をあげた。 写真の焚火が燃えている。 まるで動画を見ているようだ。 炎に手をかざすと、温かい。 「なんだ、コレは⁈」 私は彼の顔を見上げ、返事を待つ。 「もう20年も