みどり
2022年4月7日 00:16
部屋を出た私がこの後泣くのをわかっているはずなのに、あなたは決して追いかけてこないの、知ってるのよ。
そして、それが優しさだってこともわかってる。
大抵私から求めるさよならの抱擁をせずに背を向けた。ベッドに横になりながら手を拡げて待っていてくれた彼に首を振った。
今日は強気なんだねって、当たり前じゃない。いつまでも甘えていられないことくらい、わかっているでしょ?
"強気" ではなく "強がり" だということも、わかっているくせに。
今日は、明日から遠距離になる私たちの、この街で過ごす最後の日だった。
荷物をまとめて、引越し業者に引き渡して、隅々まで掃除をして、備え付けの家具だけが残った無機質な部屋になった。
「なんでいつも通りでいられるの」
「大人だから」
そこから先は黙ることしかできない。
私の方こそ、わかってるくせに。
あんな抱きしめられ方されて伝わってないわけがないじゃない。
わかってるよ、自分がどれだけ大事にされているかくらい。
それでも、こんな日くらい、言葉にしてくれたっていいじゃない。
だから、伝わっているのに伝わってないフリをするしかないのよ。
いつも通りじゃないことなんてとっくにわかっているじゃない。
あからさまに問いかけても、いつものようにのらりくらりと躱されるのも、わかっているじゃない。
ねぇ、あなたはどこまでわかってる?
私があなたの気持ちをちゃんと受け取っていることは知っているのだろうか。
互いに干渉しすぎない距離感が心地よくて一緒にいる私たちは、やっぱり互いに強がりだった。
それは、互いに相手を思い合っているからこそ、このスタンスでも安心出来る、私たちなりの付き合い方だった。
"強がる"って、頑張らないとできないことだと思うの。弱い部分を隠したいから、強く見えるようにちょっとだけ頑張るの。
あなたが決して追いかけてこないのは、精一杯の強がりで部屋を出た私を、最後まで "強い女" で居させてくれるための優しさだと思ってる。
あなたのいないこの街にはもう来ないかもしれない。この道を歩くのは最後かもしれない。
寂しいような、清々しいような、涙の理由は1つじゃなくてもいいみたい。そんな帰り道。
明日の朝、あなたは鞄の中の手紙に気がつくかしら。文章の中ならいくらでも素直になれる私の気持ちが届くかしら。
電車のドアが閉まる前に、あなたの口から想いが聞けますように。
あの曲を流して、声を殺して泣きながら歩いた帰り道が報われますように。
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追記
結局、こっそり鞄に入れておいた手紙には気づかなかったし、翌朝電車のドアが閉まっても好きとは言ってくれなかったけど、この日の文章を微笑みながら読めるくらい穏やかで順調な遠距離恋愛をしています。
この際もう読まないでと、手紙の内容は未だに秘密だし、あの日どころか未だに好きとは言ってもらってないことは、ここだけの秘密です。
とってもドライな私たちですが、仲良くやらせてもらってます。これからもよろしくお願いします。
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