死との付き合い方

私の友人は高校3年生の春、死を選びました。

手紙のやりとりをしたり、またライブ行こうね、新作出たしスタバ行こうねなんて話をしていた矢先でした。

私は基本的に聞き役に徹することが多いのですが、その子といる時だけは私から話すことが多くて、なおかつその子の笑顔が大好きでひたすら笑いを取りに行ってました。

弾けるような笑顔、直球で投げられる言葉。全てが好きでした。嘘がなくて、裏がなくて、かっこいい。私はその子のことを心から尊敬していて、その子みたいな存在になることを目指していました。

私の中で後にも先にも一番自分を飾らずに素で居させてくれた存在は彼女だけだと思います。

一番最初に異変を感じたのはきっと私だった。「大丈夫?」そう投げかけた時に“大丈夫“と笑顔で返ってきたから、それ以上踏み込んでほしくないのだと思って踏み込めなかった。このことは5年経った今でも、そしてこの先も後悔し続けることになるだろう。

その次の日から、彼女は学校に来なくなった。たまにお家のインターホンを押してみても、その子と話せることはなかった。その子のお母さんも色々大変だったはずなのに、対応してくださったことに感謝しかありません。

それから、ポストに手紙を入れるようになりました。学校帰りにポストに寄って手紙を渡す。届いているかどうかはわからなかったけれど、本当にどうでもいいふっと笑えるような話ばかりを綴っていました。それ、誰かに見られてたら恥ずかしいな、今どこにあるんだろう。天国に持って行っといてよね。

何ヶ月か後に返信が返ってきました。文章はいつも通り。大好きなあの子しか出せない言葉と文字で綴られた手紙。今は見るたびに泣いちゃうからなかなか読めないけれど、本気で落ち込んで死を選びそうになった瞬間に読むようにしているよ。

だんだん調子が良くなってきたみたいで、春先にその子も含めて部活のみんなで集まることができました。これが最後の日になりました。

もっとあれをしておけば、という後悔は残っていないんです。最後にみんなで会えたし、最後の日が楽しかったから。笑顔も沢山見れたから。

でも、あの笑顔の裏に何を隠していたのか、辛いことを話せる存在に私はなれていなかったのだろうか。そんなことに対して後悔ばかりが募ります。

彼女が亡くなったと聞かされた日。それは部活終わりでした。部活が始まる前から知っていた子も居て、少し違和感を感じながら部活をしていたけど、聞いた時に自分の中で整理がつかなくて、泣き続ける同期を慰めることしかできませんでした。

その日の授業中に鳴った電話はその子のお母さんからで、私に何を伝えようとしていたのかも5年経った今でもわからないままです。

その日は無心で家に帰って、その次の日も無心で登校しました。正直いつ死のうかばかり考えていました。カウンセラーの人の前では、大丈夫なふりをした。そういうのが大得意だから。あ、あの子もそういう感じだったのかな、似てるねなんて思いながら。

そうやってフラフラと毎日を過ごし、やってきたお別れの日。お葬式の場で立ちすくむ部活の同期を引っ張って私が最初に足を踏み入れました。

遺影を目にした瞬間から、涙が溢れて止まりませんでした。こんなに声を出して泣いたことは人生で初めてでした。この子はいつも笑っている子だったから、泣かないで笑顔でお別れしようって決めていたのに。会場に入った瞬間いろんな思い出が溢れて止まりませんでした。

でも、本当に目の前でお別れをする瞬間は、笑顔でいれました。きっとその場には不似合いだったと思うけれど、あの子といいお別れができたと思います。確かすぐそっちにいくからね。って言ったような気がします。顔を見られなかったことは悔しいけれど、それはあの子が恥ずかしがって見せてくれなかったんだと思うことにしています。

その後、あの子のお母さんの顔を見た時。いつも笑顔だったお母さんが無理して微笑んでくださっていました。申し訳なくて、悔しくて。なぜこんなことに。また涙が溢れました。

会場を出た際に、担任の先生に遭遇しました。初めて憔悴しきって涙を見せながら謝る先生を見て、心が苦しくなりました。先生は悪くない。人間誰しも強い訳ではないのだと感じた瞬間でした。

それから時が経ち、卒業の時。私たちはあの子に挨拶に行きました。笑顔で迎えてくれたあの子のお母さんにあのことの思い出が詰まったアルバムを手渡し、色々な話をしました。

帰り際、「あ!そうだ、渡さなきゃと思ってたものがあって」とあの子のお母さんが私に送らずに保管していた手紙をくださいました。

もう、なんで送ってないのよ。まだ残ってるなんて聞いてないよ。

この手紙の返事、いつか必ずそっちに送るから、絶対読んでよね。



この親友の死から、私にとっては死が身近になりました。というよりも、いつ死んでもいいなと思うようになりました。だから、できるだけ交友関係を広げないようにして、私が死んでも悲しんだり引きずる人が増えないようにしているつもりです。

これをもし、私のことを知っている人が読むことがあったらあなたに伝えたい。仮に私が死んだとして、その理由がなんであれ私が死んだことに対して何もできなかったとかって絶対に後悔しないで。私は誰にも迷惑をかけずに一緒にいる時間はできるだけ笑顔でいたいと思っていたから言わなかっただけだから。これは私の望んでいたことだから。私の思いを尊重してくれるなら、よくがんばったねと肯定してほしい。

ただただ、生きながらえていただけでいつ死んでもいいと思っている人間だったからさ。許してよ。怒らないで。皆のことは大好きだし、幸せでいてほしいと願ってるよ。私のことを大切に思ってくれてありがとうね。こんな私でも仲良くしてくれてありがとうね。

なんて遺書みたいなことを書いたけど、自分から死に飛び込むつもりはさらさらないし、とりあえず生きることを全うする中で、延命する措置は取らないかなっていうところくらい。自分から命を削る行為は普段精神面で散々やってるから身体的にはいいかなって感じ。きっと寿命は年々短くなってる予定だし、40位でサッと人生終了!ってできることが私の理想。

後半分。楽しく生きよう。

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