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私の本棚

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私の物語(フィクション、ノンフィクション共に)を集めました。
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#物語

漢字の読めない君と、声の出せない私と。

 窮屈だなあ。 「昨日のドラマ見た?」 「見た見た!」 「ヒロインの、あの子がさ…」 「さっきの授業マジで分かんなかった〜」 「どこどこ?」 「帰ったら遊ぼ!電話するね。」 「分かった!」  運命は、平等じゃないと思う。 「疲れた〜」 「疲れたね〜」 「やべ、もう誰もいないじゃん。」 私がいるのに。 「急げ急げ!」  最後の子が教室を出て行って、ほっと息をつく。ようやく私は、帰りの準備を始める。私はあの子たちに、「いる」と認識されてないんだな。いつものことなのに、いつも同

ひまわりの種 4

 うちのメダカの水槽は教室のようだ、と思う。細くて弱いメダカは、すぐにいじめられる。えさを食べるのも、逃げながらでないといけない。  私はその弱いメダカだった。  でも、先生といるときは強くなっている気がした。水槽で言えば土管の中にいるときだと思う。私にはそれがあった。安心できる場所が。  もう、私には子供騙しは効かなかった。かくれんぼで先生を見つけて、「いたー!」と言ってしまうほど、ゲームで勝って、嬉しくて勝手に声が出るほど子供ではなかった。  それが悲しくて、寂し

ひまわりの種 3

 そうやって、先生と出会ってから学校にも少し希望を持ち始めた私は、初めて交換日記に「先生と声で話したい」と書いてみることにした。家で1時間ほど悩んで、やっと書き上げた文章を翌日先生に持って行った。  すると先生は、「では、話す練習をしてみましょう!」とさっそく返事を書いてくれて、次の日に時間を作ってくれた。私は正直、「話せるようになるといいね」で終わると思っていたので驚くと同時に、どんなことをするのだろうとわくわくしていた。  約束した時間は放課後だった。教室を出ると、先

ひまわりの種 2

 そこに現れたのが先生だった。誰かとすれ違うときは怖くて、どこにいたとしても絶対に顔を見ることができなかったが、先生とすれ違うときは安心して、目を合わせることができた。  私が一番してみたかったのは、挨拶だった。何度も先生を引き止めて、練習してみた。できなくて心が折れかけていた私に、まずはハイタッチで挨拶の代わりにしようと言ってくれたのも先生だった。他の先生にそんなことを言われても、私は拒否していたと思う。甘えて、一生喋れないままになってしまうんじゃないかと思っていたからだ

ひまわりの種 1

 話し相手は、いつも先生だった。  関西弁をどうやって使ったらいいのか分からなくなるから、丁寧語で話せる目上の人の方が話しやすかった。  いつ先生を好きになったのかは分からない。本当に自然と、私は先生に近づくようになっていた。  私は学校に行くと話せない。先生とも、交換日記で話すか、先生が一方的に何か言っているのを聞いていただけ。交換日記といっても、ありふれたものではない。クイズを出したり、冗談を書いたり、返ってくるのが楽しみで、すぐ返事を開いてしまう。そのときの先生の

夜のあさがお 私について(最後に)

私について  私は、高専に通っていて、場面緘黙症を持っています。だから、私は風菜ちゃんでもあり、お兄さんでもあり、愛翔くんでもあり、小晴ちゃんでもあるということです。  私が小学二年生のときから、寝る前に考えてきたこの物語の中には、大きい私自身が登場してしまっています。その前までは、小さいふうちゃんが私でした。だけど、私も中学生や高専生になって、小さい自分だけでは満足できなくて、今現在の自分を「夜のあさがお」のメンバーに入れてしまったのです。そうしたら、お兄さんにいろんな

夜のあさがお ラストエピソード

ラストエピソード  風菜には、利人という名前の弟がいる。三歳下なのに、双子のように仲が良くて、毎日けんかもするけど、かわいい弟だ。いつも一緒にいて、助け合ってきた。こんなこともあった。 「ふうちゃんとりひとで、ごみ捨てに行ってきて。」 「はーい。りひと、行こう!」 と、風菜は言ったが、内心緊張していた。でも、利人と一緒なら、大丈夫だ。エレベーターに乗って、下に降りて、駐車場のところまで行くだけ。そこでエレベーターを待っている間、こう言った。 「五歳と三歳で、八歳だか

夜のあさがお エピソード6

エピソード6  学校に行くと、話せなくなる。佳菜子は、専らそのことで悩んでいた。自分一人だけの悩みなのだと思っていた。いつ、話せなくなったのかを、思い出せない。保育園は、楽しかった。友達はいたし、何より、話すことができていた。おそらく、話せなくなったのは、小学校に入学したときだろう、ということは確かだ。  佳菜子がお兄さんに出会ったのは、一年生の冬休みのときだ。初めての人と会うときは、「夜のあさがお」にいる子の中では、力が入らない、っていう子もいるけど、佳菜子はぐっ、と力

夜のあさがお エピソード5

エピソード5  「お母さん、学校行きたくない。」 「えーっ?どうしたの?」 愛翔が小学校に入学してから一か月、学校では運動会の練習が始まったところだった。愛翔のお母さんは幸いにも、愛翔の危険をすぐに察知した。担任の先生に、学校での様子を聞いてみる。 「友達は一人、いるようですが、その子との会話も見たことがありません。発表などは、当てないようにしています。また、運動会の練習が始まり、あわただしくクラスが動いている中で、一人取り残されているときがあります。そんなときは、私

夜のあさがお エピソード4

エピソード4  碧は幼稚園に入ったときに、話せなくなった。深呼吸しても、唾を飲み込んでも、息をどれだけ一杯にためても、家にいるときみたいに音や言葉が出てこなくなった。外に出ると、なんだか分からない恐怖が、碧を襲ってくるようになった。体がこわばり、足が前に出ない。  両親は、そんな碧を見て、自分たちの育て方のせいだと思っている。本当は、生まれつきの体質が強く関係しているのだけれど。そして、年少は幼稚園に行かせなかった。年中から幼稚園に行かせて、年長になるときに、碧を「夜のあ

夜のあさがお エピソード3

エピソード3  ここで、お兄さんの仕事の話をしよう。お兄さんは、場面緘黙だった経験を活かして、風菜たちを預かっている。ここにいる子達は、親元を離れて生活しているということだ(もちろん、一か月に一週間ぐらいは家に帰る)。はじめの親からの別れ方は一人ひとり違う。風菜のように、別れるのが難しいときは、お母さんと一緒に車に乗って、お母さんが出て行って、お兄さんと入れ替わる、こんな形式をとることもある。優希は家族からここの話を聞いてみて、自分で行きたいと言ったから、お兄さんの車ではな

夜のあさがお エピソード2

エピソード2  小晴は、他の女の子三人と遊んでいた。優希はあれ以来、「うん」とだけは言えるようになったけど、まだ抵抗があるのか、遊んでいるときに近づいてはこない。今は、それよりお兄さんと、「おはよう」を言う練習中だ。ゆうきくん、頑張ってるな、と小晴は思う。こはるのときはどうだったっけ。小晴は、少し思い出してみることにした。  お兄さんの車に乗って、ここまでやってきたこと。始めはお兄ちゃんで一年生の航大くんに会いたくて、毎日泣いていたこと。そのたびにお兄さんが一緒に遊んでく

夜のあさがお エピソード1

エピソード1  ここは、「夜のあさがお」という、特別な子が集まって来るところだ。これから、たくさんの子がやって来る。風菜はその記念すべき一人目。お兄さんはその代表だ。ここに集まって来る子は、家の外や幼稚園、学校などで声を出すことができない。動作を抑制してしまうのだ。それを、場面緘黙症という。場合によっては声が出なくなるだけでなく、動くことも抑制してしまう。風菜の場合は、トイレに行けなかった。お兄さんも、小学一年生までそうだった。そんな経験を、仕事にしているのだ。ここに来てし

夜のあさがお エピソード0

場面緘黙症についての物語です。 エピソード0  風菜は泣いていた。怖かった。さみしかった。どこに行っているのか分からなかった。ただ、知らないお兄さんの車に乗っていることだけは確かだった。何も言えないまま、ずっと静かに泣いているしかなかった。しかし、車が停まったときにはもう、深い眠りに落ちていた。お兄さんは優しく、風菜をそっと家へ運んだ。  風菜はようやく目覚めた。ここがどこだか分からない。ママはどこ?また泣きそうになるのをぐっとこらえる。周りを見渡してみる。ピンクのうさ