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羞恥心なんて日本においてゆけ!〜英語上達の鍵は話すことにある〜

オーストラリアで大学院を目指しながら、留学中のだいきです。

「Can you speak Japanese?」
と外国人に聞くと必ずといっていいほど
「Yes. arigatougozaimasu」や「kawaii」「ninjya」と日本語の単語を答えてくれます。
彼らはたったそれだけの単語で自信満々に日本語を話せるといいます。
一方、日本人に「英語話せる?」と聞くと「話せない」と多くの方が答えます。Thank youやgoodを知っているのに…
日本人は完璧な文法、アクセント、発音ができない言語を話せるとは答えません。
ましてやある程度文法、発音を勉強すると、自分が英語で話しているときに、自分の文法と発音が全然出来てないと思い、英語で話すことが恥ずかしくなってしまうこともあります。

そして徐々に英語環境に触れているにも関わらず、英語を話す機会を自ら減らしてしまいます。

僕もオーストラリアに留学してこの恥ずかしさという壁にぶち当たりました。

自分の英語は下手なんじゃないのか?
伝わならいのではいか?
文法は合ってるのかな?
この場面は過去系かな?いや、過去分詞かな?

考えれば考えるほど言葉が出てこなくなり、言葉の代わりに引きつった笑顔で答えるという日々が続きました。
そんな悶々とした日々を肯定するために「まだ、完璧に話せないから仕方ない」「間違うことは恥ずかしいし」そんな言い訳が濁流ごとく脳内に流れ込み、より英語を話さなくなりました。
せっかく英語が学べる環境にいるのに…

このような話さない生活をしていたら、自分のスピーキングは上達しないと思い、思い切ってシェアメイトに
「自分の文法や発音が気になり、英語を話すことが恥ずかしい」と相談すると彼は、
「そんなことを気にして、自分の話したいことを話せないなんて、人生つまんなくなっちゃうよ。
人生1度きりなんだから自分のやりたいように生きようぜ。」
となんともイタリア人らしい陽気な回答をいただき、内心「くさいな」と思いつつも少し肩の荷が下りたのを感じました。
たしかにそうだな
『いいたいことも言えないこんな世の中じゃpoison』だなと少し古い歌を脳内BGMにしていると
続けて彼は「文法や発音について全く気にしてない。俺はお前がどんな英語を話そうが決して笑わないし最後まで聞く、だからお前は話したいように話せばいい。」と
この言葉を聞いて、すごく気持ちが楽になりました。

この件をオーストラリア人のシェアメイトにも話すと彼女は、
「そんなこと気にしてたの、たしかに日本語のアクセントはあるけど、私にとってはすごく可愛く感じるよ。しかも日本語のアクセントじゃない時も多いから、どんどん間違っても話して行って、私の真似をしたり映画を観れば自然と、改善するから、まずはどんどん話すことが大事だよ。」
と言ってくれました。

自分が思っている以上にそんなに、僕が話している英語なんて皆んな気にしていなかったということに気がつきました。

留学という特殊な環境にいるからこそ考えすぎてしまう部分もあると思いますが、日本で外国人に日本語で話しかけられた時を想像するともっとわかりやすいと思います。
カタコトの日本語でも一生懸命話している人に対して文法が間違っているとか発音が変だとか笑ったりしますか?しないですよね?
逆に一語一句、聞き逃さないよう普段より集中して会話を聞いていると思います。
それと同じです。

恥ずかしがっていては一向に英語を話すことなんてできません。
完璧になってから話す?完璧なんて一生きません。
もともと英語が完璧に話せるのであれば留学なんてする必要はないんですから。
会話をすることで知らない表現に出会えたり、発音やアクセントを学べたり、英語を話すことがどんどん楽しくなっていきます。

羞恥心なんて日本へおいてきてください。正直なんにも役に立たない上にむしろ邪魔なだけです。
せっかく英語を話せる環境があるのであれば、存分に英語のシャワーを浴び、楽しんで英語を学んでください。

それではまた!!

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