短編「魔王を倒した後も勇者は色々と大変なんです」
勇者として生まれて、この世界を魔王から救った。
俺に待っていたのは英雄としての責任と絶対的な善であり続けなければいけないというイメージ像。
だから、魔王を倒して伝説の勇者となった俺は普段の生活にも気をつけていた。
外出には必ずマスクとサングラスをつけ、誰かにつけられていないかを魔力探知で常に警戒。
女性とは出来るだけ二人では出歩かず、コンビニ店員への言葉遣いも気をつけた。
しかし、一時の気の緩みのせいで俺は伝説の勇者から一気にどん底に落ちた。
「え? 勇者って炎上したの?」
「うん、なんでもサキュバスとホテルに入る動画がYNYで広がってるらしいよ」
「うっそマジ!? 結構好きだったのに残ね~ん」
「ま、勇者も男って事でしょ」
「そうだよねぇ~謝罪会見するのかな?」
いや、しねーよ!
事実無根なんだからするわけねぇだろ!
てか、俺はその日ずっと家に居たよ!
ファミレスで山盛りポテトを食べながら俺は後ろの席で話をする女子高生の会話を聞いてそんな事を思っていた。
そう、俺こそが先ほどの女子高生が話題にしていた魔王を倒した勇者だったりする。
勇者ガリウス、それが俺の名前でありこの世界でその名を知らない者は居ない。
長い魔王軍との戦い終止符を打ち、魔族と人間間の友好を築き、去年には歴史の教科書にも載った男だ。
ちなみに24歳独身!
魔王退治ばっかで彼女なんか出来るわけないんだよ!
クソがっ!
それなのになんだこのニュースは!
【勇者、サキュバスをお持ち帰り? ただれた夜の洞窟探検!?】
誰だこのふざけたデマ情報を流した奴は!!
聖剣イクスキャリバーで消滅さすぞ!
「くそっ……まいったなぁ~」
あんなに気を付けて生活していたのに……なんでこんな事に。
一応マネージャーからは事が収まるまでは大人しくしてろって行ってたけど、家でじっとなんてしてられるか!
一体誰があんな事を……俺は前魔王軍幹部からはかなり恨まれているだろうし、今回の記事にも魔族であるサキュバスと俺が写ってる。
恐らく誰かが俺に化けてサキュバスとこんな動画を……。
「くそ……やっぱり幹部だけでも皆殺しにしておいた方が良かったかな?」
「全く、なに魔王みたいな事を言ってんのよ」
「お前がそれを言うなよ、アリテリア」
「あら、随分塩らしい呼び方ね、アリーって呼んでよ」
「うるせぇ、その前になんで元魔王のお前と俺がこうして平日の昼間っからファミレスに来てんだよ」
「そんなのお互いに今は身を隠すべきだからに決まってるでしょ?」
隣に座っているこいつは、俺がうち倒した元魔王だ。
名前はアリテリア・グラン・デルヘルク。
魔王の家系であるデルヘルク家の前当主だ。
長い金髪に赤い瞳、背は俺の頭一個分小さく、胸もデカい。
世間では俺が倒した魔王という事になっているのだが……実際は違う。
「違うだろストーカー、また婚姻届けでも持ってきたのか?」
「そう! 察しが良いじゃないダーリン!」
「ダーリン言うな!」
そう、この魔王は最終決戦直後に俺に愛の告白をしてきたのだ。
そんなこんなで魔王との最終決戦まうやむや。
アリーに戦えと説得しているうちに、勝手にアリーが人間側に和解の提案をしたのだ。
それからこいつは俺のストーカーになり、俺に毎日のように結婚を申し込んでくる。
「ねぇ~なんで私と結婚しないの? 結婚したら世間的にも私的にも万々歳なんだけど?」
「本人である俺が嫌なんだよ!」
だって、こいつ元魔王だよ?
一応俺が倒した事にはなってるけど、ずっと命を狙ってた奴を急に好きになんか慣れない。
それに……。
「とにかくだ! この不名誉なネットニュースの誤解を解かないとな……一体誰がこんな記事を……」
「そんなの無駄だって、貴方のイメージはもう地まで落ちたわ。そんな貴方をまだ好きな女がここにいるのよ? 良いから結婚しなさい」
「なんでだよ! まだ大丈夫だわ! たく……手の込んだ悪戯しやがって! サキュバスに変身魔法ま……ん?」
まてよ、変身魔法が使えるのは基本的に魔物だけのはずだ。
それにサキュバスは人間の男性から精気を吸い取るため、人間と接触出来るサキュバスは国から管理される。
それなのにどうやって……この動画を作れるとすれば、そうとな権力者だ。
しかし、今の権力者達から俺は恨みをかうようなことは一切していない。
一体誰……あ。
「おい、アリー」
「ん? サインする気になった? マイダーリン!」
「お前……確かサキュバスの友達が居るって言ってたな?
「えぇ、いるけど? まさか紹介して欲しいの? もういきなり浮気はだ~め」
「そうか……ちなみにこの動画の彼女の名前は?」
「あぁ、上級サキュバスのマノリアね、人間の男性からもかなり人気で……あっ……」
「やっぱりお前か! お前が流したんだなこのスキャンダル! 確かお前変身の魔法も使えたもんな!」
「な、ななな、何の事かしら? わ、私はそんなに暇じゃないのよぉ~」
「お・ま・え・なぁ~」
「だ、だだだだだって! ドンドン勇者が人気になって、私に興味無くなったら嫌だったんだもん!!」
「だからって大げさだ馬鹿!!」
「ひぃぃ!」
結局、この動画が誤解であった事は俺の所属する事務所が声明を出したのだが、一度燃え上がった炎は中々消えず、その後一週間噂に尾ひれがついて回った。
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