見出し画像

老害とムラハチ

「老害」
改めてみるとすごく悪意のある字面である。
老害とはつまり、若手の活躍を妨げてしまうような方々や事象のことをさす。このような負の言葉はできれば使いたくないのだが、先日どうしてもそようにしか表現できないものに出くわしてしまったので、記録してみることにした。

相談内容は以下のようなものである。
相手は地元のとある酒蔵さん。私たちが生まれる前よりお酒を造り続けている地元の有力者さんである。春に行われる酒蔵開きではそれなりに多くのお客さんが訪れるのだが、その酒蔵開きの出店を取り仕切ってほしいというお話だった。

出店では地域の方々が思い思いの品を提供しているのだが、残念なことに少々我儘がすぎる。食器など必要最低限なものも準備し損ねて酒蔵にたかる。お酒を提供するのに集中したいのにそれどころではなくなってしまうとのことだ。

なので、これからは酒蔵開きの際は、場所は提供するので、出店者は独自でしっかりと出店を行ってほしいとのことだった。なるほど、ここまでは筋が通っている。ただ、問題は相談を受けた私が出店者ではないということだ。

この話どおりなら、出店者の誰かに相談するのが筋である。ただ、出店者はもう爺さんばかりで、何より自分たちが出店と酒を楽しむことばっかりしか考えてないため話にならないとのこと。そこで地域の若手で何かと扱いやすい私に話がまわってきたというわけだ。

「できないのならするなよ…」
と喉まで出かけたが、ここで更にやっかいな問題が。
相手は地元の有力者。私の関係する団体にも影響力を持っている。つまりムラハチにされる恐れがあるということだ。今回の相談も「お願いします」ではなく、「やらんね?」と上から目線である。更にもう開催まで1カ月を切っているらしい。なんともあり得ない話である。

ここは断るのが正解…なのだが、困った人を見ると心が痛くなるのが私の長所であり、弱点。次回以降はしっかり出店者に取りまとめてもらうようお願いすることという条件を付けて引き受けてしまった。

老人が我の愉しみの為に若いリソースを酷使する。今の日本における課題の一つである。この課題は高齢化が進み、かつ「伝統」という言葉で濁されてしまう地方においてより顕著であるように思う。

酒蔵開きは「地域の伝統」であるかもしれないが、お世辞にも持続的な仕組みとは言えない。持続性を確保するためには経済面と向き合わなければならないのだが、無責任な当事者たちはそこと向き合わない。そしてあろうことか、高齢を言い訳に権限だけ有した状態で若手に丸投げしようとする。若手はますます摩耗していく…

これでは地域は、社会は一向に良くならない。この環の中にいる時点で私も加害者の一人と言えるかもしれないが、結局私も抜け出せない。やはりムラハチにされるのはとても怖いのだ。

時間:10分

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?