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自分以外を100%理解するなんて絶対にできないーー『ドライブ・マイ・カー』を観て

今からおよそ12時間くらい前に『ドライブ・マイ・カー』を観た。

約3時間とやや長めの作品だけど、時間は気にならなかった。個人的にフィクションでも怒鳴り声が苦手なので、そういったシーンがほぼ無かったのが観やすかった。記憶の鮮度が保たれているうちに、感想を書こうと思う。
(以後、若干のネタバレが含まれるのでご注意ください)

舞台俳優であり演出家の家福(かふく)は、愛する妻の音(おと)と満ち足りた日々を送っていた。しかし、音は秘密を残して突然この世からいなくなってしまう――。2年後、広島での演劇祭に愛車で向かった家福は、ある過去をもつ寡黙な専属ドライバーのみさきと出会う。さらに、かつて音から紹介された俳優・高槻の姿をオーディションで見つけるが…。
喪失感と“打ち明けられることのなかった秘密”に苛まれてきた家福。みさきと過ごし、お互いの過去を明かすなかで、家福はそれまで目を背けてきたあることに気づかされていく。
映画『ドライブ・マイ・カー』公式サイト(https://dmc.bitters.co.jp)より

映画を観た後、すぐに原作小説を本屋で購入した。村上春樹著の短編小説集『女のいない男たち』の中に収録されている。ちなみに私は、チケット予約の際に映画館のサイトであらすじをさらう、映画本編を鑑賞、原作と公式ホームページ、といった順で今回作品を見ている。

帰宅した後すぐに原作を読んで、その違いに驚いた。ふっと、映画化にあたっての疑問がいくつか湧いてくる。どうして舞台を広島にしたのか? 高槻を原作より若い年齢にしたのか(でも演じた岡田将生さんが本当に素晴らしかった)? 家福に俳優だけではなく演出家の職業を与えたのか? 家福音が見る夢の発想はどうのようにして生まれたのか? 公式ホームページに、「映画化に際しては『シェエラザード』『木野』のエピソードも投影されている」とあったので、もしかしたらこれらの答えのヒントが散りばめられているのかもしれない。他の短編も全て読むぞ、と決意した。

映画の中で最も印象的だったシーンでの台詞が、原作小説にも書いてあったことが、なんだか嬉しかった。高槻が、(明言は避けたものの)亡き妻に対して抱いていた不安、苦しみ、悩みのようなものをこぼした家福に向かって言う台詞だ。

でもどれだけ理解し合っているはずの相手であれ、どれだけ愛している相手であれ、他人の心をそっくり覗き込むなんて、それはできない相談です。そんなことを求めても、自分がつらくなるだけです。しかしそれが自分自身の心であれば、努力さえすれば、努力しただけしっかり覗き込むことはできるはずです。ですから結局のところ僕らがやらなくちゃいけないのは、自分の心と上手に正直に折り合いをつけていくことじゃないでしょうか。本当に他人を見たいと望むのなら、自分自身を深くまっすぐ見つめるしかないんです。
村上春樹『ドライブ・マイ・カー』(短編小説集『女のいない男たち』収録/文集文庫)より

自分のことをわかっていない人は、他人を理解することも難しいと思う。それは普遍的なことで、けど不意に忘れてしまうことでもある。この映画では、いまの自分の声に、どれだけ耳を傾けて生きているかを問われているように思った(普段、ふと就活の自己分析という苦虫を潰したくなる経験を思い出したり、自分を見つめるコーチングを勉強しているから、より刺さったのかもしれない)。

あと、劇中に登場する家福の愛車である赤い『サーブ900』がは走る姿が好きだった。私は長く使い続けられたものを見たり、話を聞いたりすることが好きだ。その人の一部で、譲れない何かが潜んでいる気がして、少しだけ、のぞかせて欲しくなる。その人を知りたくて、好奇心が湧いてくる。私は無信教だけど、都合よく日本の八百万の神みたいな、ものに感情が宿るような概念を信じてみたくなる。 

15年間、大切に大切に扱われてきたたクラシックカー『サーブ900』。劇中、ドライバー・みさきの運転に身を任せ、家福がさまざまな思いを巡らせる場所だ。途中とんでもない距離を走行するけど、故障するシーンなんてない(前半で、みさきと出会う前に事故は起こってしまうけど……)。どこにだって連れて行くよ、と言いたげに、静かに2人を乗せて健気に走り続ける様がなんだか愛おしかった。

思ったより長くなってしまった。色々書いてみたけど、最終的に、霧島れいかさん演じる家福音のどこか仄暗い美しさに全て持っていかれそうになった。亡くなった後は会話に名前が出てくるだけ。写真や映像で登場することがなかったのに、ずっと家福のそばにいるような不思議な存在感があった。最後、サーブ900との長い旅路でたどり着いた場所で、家福とみさきが語り合うシーンがある。そこで、音が離れていったように思う。

冒頭言ったように、3時間もあるのに、観ている間は全然苦痛じゃなかった。静謐でうつくしい映像と、たとえ穏やかなシーンでも、どこか漂う緊張感に目が離せなかった。しばらくこの作品を、反芻し続けるような予感がする。

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