『地雷発見史』虹釜太郎

【リガーゼ】はいったんその地雷を吸収してしまったが最後そのレースが完全に終了するまで、その機体はそのサーキットに毎周勃興するある特定の地雷についてのみ強迫的で錯乱した接触を試みるようになってしまう。つまりレーサーはその行為を強迫的で錯乱した接触としてとらえるのだが、機体自体はそれはなんら強迫的でも錯乱もしていず、その不可視の地雷がなにかを知っている。

 【アガッロ】はいわばどもりのような効果をあらわす。これを吸収してしばらくは発話におけるどもりのようにえんえんと左右斜めに小刻みに機体はぜん動し続ける。その不可測な動きにより普段であれば到底キャッチできない地雷をさらに吸収することもあれば、耐久度が弱小の機体にとどめをさすこともあれば、不条理な自殺を遂げることもある。

 【アジロ】は最低十三周以上走った敵車の走行解析から敵車の恐怖の形式を読み込んで、そのターゲットとなる敵車の恐怖をあおる走行を自動でする、緻密化したヤン車のあおりそのもののオートパイロット。

 【シスプラッチ】はそのレースにおいて一度でもオートパイロットを使用した機体同士が、そのオートパイロットの継承をかけて、他のオートパイロット使用済機体とのつぶしあいに猛烈に専念するオートパイロット。最高尾であれば有効だが、三位以内を走行の場合は、その極端な抗争と殺し合いは深刻なものになる。他機がこの地雷を使用した場合は大きなチャンスとなる。

 【エンドサイト】は青に反応するオートパイロットであり、青系の敵車を認識したとたんに、あらゆる青が連合するように見える事態を現すように大きく青く自機が激しく発光する。その発光の際に近くの敵車のエネルギーを吸い取り、また彼らの走行を妨害するが、青系の敵車については逆に加速させる。

 【イニシエイタ】はこの世界でなぜ誕生したのかいまだにわからないひじょうに偽善的なオートパイロットである。このオートパイロットはレース自体の「修復」をするために走行する。その修復が終わるまではオートパイロットは解けない。そのけっして単純とはいえない「偽善」から発するあおりに爆笑する観客も多い。このオートパイロットの偽善は地球の古きよき熱血教師の挫折をあざ笑うという経験に酷似しているとある映像史家出身の写真家が言及したこともある。このオートパイロットを誕生させた主体が何で、それがレースにおけるなにを異常事態と認識し、なにがレースの正常復帰と考えているかはそのオートパイロット解除の瞬間をみればあきらかである。しかもその「偽善」は複数存在する。

 【カルボ】は【アガッロ】に近い効果を発現するが、ここで発動される動きはどもりというよりはある種のいらだちである。

  【ユクロマ】は自機の横を通り過ぎていく敵車の粘着力を強化する。つまりその粘着力のまま敵車が速度をあげれば自機もそれにつられる。しかし敵車が失速すれば自機もそれにつられてしまう。

 【セントメア】は嘲笑の地雷。しかしその嘲笑の基準をめぐって一部の写真家と批評家は議論を闘わせ続けている。

 【ウラシル】は多くの事故を吸収してきたサーキット自体の無意識が生んだとしか思えないゴーストオートパイロット。まるで位相が異なる描線と多くの色彩が重ね合わせられ視界を激しく妨害するので、オートパイロット解除後の走行をかなり困難にするが、写真撮影には新たな機会をふんだんに与える。吸収志願する人間はいない。

 【ノック】は憐憫の地雷ともいうべきものだ。特にエネルギーシールド減少により爆破寸前の敵への慈悲が強制されてしまう。

 【ヘリクサ】は敵車認識、サーキット認識がある種の絵画状になるオートパイロットで、例えば敵車を描く”線”が接近・離反・交差・平行し、それでもなお立面図として視えているような錯覚が自動走行解除後もランダム時間続く。

  空は何によって奪われてきたか。空は何によって乱されるか。そもそも空はほんとうにみられてきたのか。彼女はレースの痕跡、レースの記録ではなくレースの無意識、レースの離時律とも呼ぶべき何かを求めてこの世界にやってきたはずだった。空族生態誘導多発性敵車たちが常に増殖するこの反重力レース世界において地上では稀有で親密な関係性たちを描写する日記的写真を撮っている友人カメラマンたちを彼女はいつも軽蔑していたが、実際のところ彼女は人間に見捨てられた地域や立入り禁止区域において生活しているエイリアンたちの日記的災害エスノグラフィー写真でこの世界で認められてきた。だからなおのことそうでない方法で視線の戦線を確保しようとしていた。しかしその試みたちはいまやどれも無効なように彼女には思えた。そうして彼女はこの空にやってきた。

 惨事直後の現場の混乱と撹乱と異常。族車のあざけり。無音と怪音。見たことのない発色での反重力車破壊がもたらす特異な静寂をより頻繁に撮影するために惨事後写真撮影の強い意思を持って引き起こされたいくつもの事件のために、反重力レース世界における惨事後写真の取引は二十一年前にきつく禁じられ、そのためにこの世界では長く、地上ではありえない反重力レーサーのみているものの可能性とこの世界でしか達成できないだろうと喧伝された空に生まれ空に死ぬものたちの意識と無意識の境界を地味に追及することだけに(凡庸な境界線の無言の推奨に吐き気さえこみあげずただ軽蔑する)レースカメラマンの労力は注がれ続けるべきだとのプレッシャーがずっとかけられてきた。

  しかしこれらのレースフォトのいくつかがこれからの人間の感情を刺激し、これらのレースフォトのいくつがそれをみた人間に新たな世界観を構築させる意思を持つだろうか。彼女はこの世界での惨事後写真禁止後の反重力的ノスタルジーの増慢とそれへの人々の耽溺にうんざりしつつ、そのノスタルジーアーカイヴたちの異常なタフさと根強さにずっと負け続けてきた。そのノスタルジーアーカイヴたちが形造った地図は新天地においてさえ圧倒的に残酷なまでに弱い弱い人間たちの古い古い病いだった。

 友人の写真家たちがドライバーたちの心臓手術写真とアンチグラヴィティヴィークルのエンジン解体を交互にみせていく。別の写真家は情緒不安定な人格をいくつも持つアンチグラヴィティヴィークルたちをずっと撮り続け、彼らヴィークルへのインタビューをずっと続けてそれを撮り続けている。ヴィークルのAIたちの答えはその写真家には刺激的なものだったようだが、彼女にはその答えたちには決定的に偶然性が欠如しているように感じられた。つまり情緒不安定な人格をいくつも持つアンチグラヴィティヴィークルたちのそのひとつの人格はあまりにも力強くキャラがたち過ぎているのだった。

 レース後に獲得できる武器は成績に応じてまったく公平である。しかしその公平の基準がカテゴリーごとに大きく異なっていた。またレース中に変動するドライバーの精神状態・疲労状態・栄養状態・不注意誘発ポイント・サイコアクティヴ攻撃有効%は獲得したアイテムに影響を与える。ドライバーのレベルによってより強く個々に未知のアイテムを把握できる可能性が常にある。しかしそれらアイテムの有効度をまったく無効とは言わないまでの、かなりの程度無意味にしてしまう地雷が多発するカテゴリーがあった。

ここから先は

12,087字

¥ 100

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?