【連載小説】死神に一目惚れしました【第一話】

「この本に記された死の運命は絶対です。あなたは約十日後、死を迎えることになります。」

 テーブルを挟んだ向こう側、淡々とした口調で話すその人に私は目を向ける。
 水晶のように輝く瞳と翼のように広がる長いまつげ。さらには彫刻のように整った鼻と薄いピンクのつややかな唇。
 それらが、陶器のようにきめ細やかな肌をキャンパス代わりに、恐ろしいほど均整のとれた配置で並んでいる。
 引き込まれそうな長めの黒髪はさらさらと輝き、見る角度によってはその色が不思議とシルバーにも見える。
 男性にも女性にも思えるその顔だが、キリリとした眉毛が演出する力強い眼光と、低く落ち着いた声色は、男性的な魅力を私に与える。
 この世の物とは思えないその顔に、私は思わず見とれてしまう。

「きれい……。」

 そう呟いた私を見て、彼は眉をしかめる。

「はあ……。 ひなさん、あなたはご自分の状況が分かっていらっしゃらないんですか?」

 呆れた顔とため息を隠すこと無くそう言う彼に、私はえへへと笑って見せる。

「でも、ほんとにこの世のものと思えないくらい綺麗なんですもん。ついさっきまでは自分の死因を見せられて驚きもしましたけど……。 気づいたら見惚れてました。」

「実際、この世のものではありませんからね。 何度も言うようですが、私は死神です。」

 そう、彼は死神だ。

 彼と出会ったのはつい一時間ほど前のこと。
 買い物の帰りに、少し遠回りをしようと立ち寄った公園で、ベンチに座る彼を見つけた。

                 ***

 圧倒的な美しさとオーラを漂わせる彼に、私は足を止めて見惚れた後、気づいた時には声をかけてしまっていた。

『あの、すいません。 一目ぼれしました。』

 一瞬の沈黙。

 今考えると、自分でもどうかしていると思っている。
 突然こんなことを言う女なんか、頭がおかしいと思われるのが自然だ。
 顔に上がってきた熱と、後悔で泣きそうになる私に、彼は意外な返答を返した。

「もしかして私に言っています?」

 なんてひどい返しだろう。
 たしかに、私は頭のおかしな女に見えるだろう、このまま無視されたって仕方がない。
 だけどそれにしてもその返しはひどいじゃないか。
 私の体はあなたに向いていて、私の眼はあなたを見ている。
 そしてここには、あなたと私以外誰も居ないじゃないか。
 声をかけたのがあなたじゃないなら、誰だというのだ。

「あなた以外居ないじゃないですか!」

 少し感情的にそう言った私に、彼からの返答はさらに意外なものだった。

「ああ、すいません。 まさかとは思ったんですが、突然演劇の練習でも始めたのかと思いまして。 そうなると……。そうですね、少し言葉を変えましょう。 改めて質問します。」

 そう言った彼は一呼吸置くと、私に尋ねた。

「あなた、私が見えるんですか?」

「……え?」

 それから彼は、自分が死神であり、普通の人には見えるはずがないことを教えてくれた。
 荒唐無稽な話に到底信じることができなかった私だったが、死神さんは壁や通行人をすり抜けたり空を飛んだりで、信じない事の方が難しいくらいの証拠を見せてくれた。
 ただ、死神さんが言うには死神が見えるなんてありえない事らしい。
 私に今なにが起こっているのか。
 その説明のために、私の家まで死神さんが来てくれている。

                 ***

「話を戻しますので、しっかりと聞いていてください。 あなたは約十日後に死ぬ運命となっています。 死期が迫っている人間には、ごくごく稀に死神の姿が見えてしまう事があるという報告は確かに前例があります。」

 そう言って死神さんは話を続けだした。
 今度は私もしっかりと聞くために、少しだけ視線を死神さんの顔から外してみる事にした。
 しっかり見たらまた見惚れてしまう。

「なんだ、前例はあるんですね。 じゃあ珍しいことではあるけど、絶対におかしなことではないってことですよね?」

「たしかに前例はあります。 しかしそれはあくまで見えるだけ……の話しです。」

「見えるだけ?」

 死神さんの含みのある言葉に、少しだけ不安になる。

「ええ、そうです。 その話しの前に、まず我々死神に与えられた仕事の話しを少しだけします。」

 すぐに答えを言ってくれない死神さんにもどかしい気持ちを抱きながらも、死神の仕事について想像してみる。

「うーん……死神って言うんだから命を奪うのが仕事じゃないんですか? それで魂を食べる的な……。 え、死神さんって怖い……。」

「今更怖がるんですか……。 答えは違います。 むしろその逆と言っても良いくらいでしょう。 ざっくりと説明してしまうと、私たち死神は神から与えられたこの本『死の予定書』に死の予定が刻まれた人間を監視し、その人間が命を絶った後にその魂を霊界へと案内するのが仕事です。 死神などと言っていますが、言わば案内人ですね。」

「え、全然イメージと違いますね。 なんだ、やっぱり怖い人じゃないんですね。」

「まあ、そうですね。 しかし、死の予定書に刻まれた死は絶対ですので、死神が実際に命を奪うわけではありませんが、死神がある所に人の死があるのもまた事実でしょう。 とにかく、私たち死神の仕事は魂の案内人です。 この仕事をする上で、私たちは絶対に守らなければならないことが一つあります。 それが、現世の人間に干渉しないことです。」

「現世の人間に干渉しない?」

「そうです、私たち死神は現世の魂を案内する必要がありますので、全ての魂の中で唯一、意思を持って現世での活動を許されている魂であり、そして現世のあらゆる物に干渉する能力も持っています。 先ほど、死の予定書は絶対だと申しましたが、しかしこれは人間が現世の活動によって生きている場合のみになります。」

「現世の活動?」

「はい。 あまり難しく考えてもらわなくて結構なので結論だけ言ってしまうと、我々死神であれば死の予定は簡単に変えてしまう事ができます。 例えば、もしもひなさんが一時間後に車に轢かれて死亡する運命だったとしたら、私がその時間に外に出ないようあなたに忠告するだけで回避できます。 つまり我々死神は現世の活動に縛られていない存在ということです。」

「え、死神さんすごい!」

「ありがとうございます。 しかし、人間にとってそれはそう喜べるものではないんですよ。」

「どうしてですか? 死にたくない人は生きることができて嬉しいんじゃないですか?」

「たしかに、その瞬間の死は逃れることができます。 しかし、そうやって死を逃れてしまった人は、もう二度と死の予定書に名前が載ることはないんです。」

「え、じゃあ死なないってことですか!?」

「いいえ、人は必ずいつかは死にます。」

 その言葉に私は分かりやすく頭を抱えてみせる。
 もしもこの世界が漫画だったらクエスチョンマークが3つ、私の頭の上に浮かんでいただろう。

「んー……。難しくなってきました。」

 私がそう言うと、死神さんはあごに手を当て、少しだけ考える仕草をした後に話を続ける。

「そうですね。 ひなさん、現世で死亡し、霊界に行くことなく魂になった人間は一体どうなると思いますか?」

「え、うーん……。 なんだかふわふわ空を飛びながら、いろんな所をすり抜けて移動して……って死神さんが見せてくれたようなイメージそのまんまですよ。」

「そうですよね。 この世界の物語にあるような、俗に言う幽霊と呼ばれる存在のイメージをお持ちでしょう。 結論から言うとそれは違います。 ついでに申し上げますと、あれらは全て創作だと言い切ることができます。 この世界にある、呪いや心霊現象と呼ばれるものも、全て勘違いや集団催眠、もしくは嘘でしょう。」

 突然の衝撃的な世界の真実に、私は思わずへ?っと気の抜けた声を漏らしてしまう。

「創作の通りであればむしろ救いようはあるんですが。 しかし先ほどの問いの答えは『分からない』が正しいです。」

「……なんですかそれ。」

 私はさらに、気が抜けてしまう。
 ついさっき幽霊なんか居ないと断言したその人が、次は分からないとはいったいどういうことだ。

「実際わからないんです、我々死神であっても分からないんですよ。 つまり現世にいる限り、魂は見ることができないという事です。 それは人間にはもちろんの事、私たち死神であっても、同じ魂同士であっても、見ることも感じることもできません。 現世と霊界は、それほどまでに世界のルールが全く異なっている場所なんです。」

 次々と話される真実に私は目が眩みそうになりながらも、必死に理解する為に頭を回転させる。

「えっと……。 それじゃあ現世の魂は見つけてもらうことができずにずっと一人ぼっちってことですか?」

「その通りです。 誰にも見つけてもらえず、誰も見つけられない。 どれだけ絶望しても、消えることもできず永遠の時を過ごす。 想像してみてください……あなたは耐えられますか?」

 私はごくりと唾を飲む。
 それは一体、どれほどの絶望だろうか。

「……怖いですね。」

「そうです。 だからそれは避けなければなりません。 その為に、特殊な力を与えられた魂が我々死神ということです。 この死の予定書は言わばマーキングであり、死の予定書に名前が載りさえすれば、我々死神にはその者の死後十三日の間は現世でも魂が観測できるようになります。 」

「……なるほど、だから死神さんがもしも私に干渉してしまったら、例えば命を助けてしまったとしたら、死の予定書に名前が載らなくなって案内することができなくなるからそれは禁止されてる……ってことですか?」

「その通りです。 なかなか理解力がありますね。」

「脳みその普段使わない部分を使ってる気がします……。 すいません、少し喉が渇きました。 お茶を入れてきます。」

「どうぞ」

 私はそう言って椅子を立ち上がる。

 なんだか随分と疲れてしまった。
 死神さんの話しはびっくりすることばかりだ。
 普通であれば信じられない事だし、一瞬宗教の勧誘でもされるのではないかと考えたりもしてしまうが、すでに死神さんというあり得ない存在を見てしまっているし、なにより死神さんはイケメンだから全てほんとの事なんだろう。

 私は食器棚からお気に入りのマグカップを手に取り、前日に煮出した緑茶を冷やしたものがまだ残っていたはずだと思い、次は冷蔵庫へと向かう。
 冷蔵庫を開け、あったあったと緑茶を手に取った時にふと思い当たる。
 
(あれ? ……死神さんは現世の人に干渉しちゃいけないんだよね? 干渉って話したりとか触ったりとか、つまり関わっちゃダメってことだよね? ……あれ?)

 私はマグカップをテーブルに置き、こぼさないように緑茶を注ぐ。
 同時に抑えられなくなった疑問を死神さんに問いかける。

「あのー、死神さん」

「はい、なんでしょう?」

「死神さんは人間に関わっちゃダメなんですよね?」

「ええ、そうです」

「……私、めっちゃ関わってません?」

「関わるどころか、現在進行形で会話していますね。」

 私は緑茶を注ぐ手を止め死神さんに目を向ける。
 すると死神さんは少しだけ微笑みながら、こう続けた。

「間違いなく、異常事態です。」

 それを聞いた私の顔は、自分でも分かるくらいに引きつっていたと思う。

 考えがぐるぐると回って、とてもじゃないが正常では居られなかったし、実際おかしな事の連続で私の脳はマヒしていたんだと思う。

 ただ私はその時

(死神さんの微笑み綺麗だなぁ)

 と考えていた。

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