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どうして赤ちゃんが欲しいんだろう

初めて赤ちゃんが欲しい、と思ったのは、幼稚園生の頃だった気がする。
自分も5歳、6歳そこらの子どもだったけれど、2歳くらいの友だちの妹がとっても可愛くて、その友だちの家に行くたびに可愛がっていた。赤ちゃんってどうしてこんなに可愛いんだろう、自分もいつか欲しい、と漠然と思っていた。

赤ちゃんが可愛い、子どもが可愛い、という思いはずっと消えず今に至る。

結婚式や転職に区切りをつけて妊活を始めたのが2年半前。私たち夫婦のところに来てくれるはずの赤ちゃんはまだどこかで寄り道をしているようだ。
不妊治療クリニックに通って1年になり、体外受精のための採卵も何回かやったが、いい結果に結びつかなかった。
原因は卵子の質だと医者に言われて、絶望的な気分になった。卵子の質をコントロールすることは非常に難しいのだ。

卵子の質の問題を知った当初は、自分が惨めに思えて、毎日のように辛くて泣いていた。でも何ヶ月もそれを繰り返しているうちに、だんだんと冷静になることはできた。
子どもがいるからって幸せとは限らないし、仲良くしていられるかも限らない。子どもは幸せのための道具ではない。

それでも、赤ちゃんが欲しいという思いは消えない。だって25年近く希望してきたんだから。
でも、そういえば、どうして赤ちゃんが欲しいのだろう。

ただ可愛いから  
子どもを育てる経験を持ちたいから
自分の人生の仲間を夫以外にも増やしたいから

客観的に見ると、どれも自分本位だ。
可愛いものを愛でる行為、子どもを育てる経験、夫以外の人生の仲間を増やす方法は、自分の子どもを産む以外でも代替可能なはずだ。アイドルを愛でたり、教師となって子どもを育てたり、友だちともっと密に連絡を取ったり。

何回もそう考えたけれど、赤ちゃんが欲しい思いはあまり薄れない。

あと少なくとも1年は不妊治療を続けようと思っていて、赤ちゃんが私たちのところに来てくれる未来をまだ明るく描いているけれど、
もし、来てくれなかったら。

来てくれなくても、大好きな夫と幸せに暮らす未来は想像できる。
それでも、望んだものが得られなかった悲しみと一緒に生きていくんだと思う。
なんてったって、5歳のときから赤ちゃんが欲しかったんだから。

結局のところ、赤ちゃんが欲しい理由は、ただ欲しいから、なのかもしれない。
幸せになる方法はいくらでもあるけれど、子どもに恵まれなかった、という悲しみは他では埋められなさそうだ。
何かで埋めようとしてしまうと、余計に悲しくなりそうだ。

自分が不妊治療を始める前は、子なし夫婦に出会っても、「子どもが欲しくないのかな」と勝手に思っていたりした。
小学生の頃に会った父の職場の上司のご夫婦、高校の時の国語の先生、あの子どもの居ない芸能人夫妻---
今思えば、あのご夫婦は、こんな気持ちだったんだろうか、と思い返して胸が痛む。
悲しみを内に秘めて、前向きに生きてきたんだなと、尊敬する。

どうか私も、悲しむだけでなく彼らのように前向きに生きられますように。
もしいつか、私たちのところに赤ちゃんが来てくれたとしても、この気持ちを忘れずに、悲しみを持った人を癒せますように。

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