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#05 高校生のじゃい【1年生編】

👆 前回の記録 👆

ども、じゃいです。

今回は高1時代について振り返ってみようと思う。

どんな生徒だったか。

The 青年期って感じの悩みまくりJK。

部活動に全てを注いでたと思う。

人との関わり方はお世辞にも上手とは言えなかった。

勉強頑張って部活も頑張る、文武両道な生徒。
でもちょっとやんちゃするのにも憧れるが根は真面目だから、やんちゃになりきれない生徒。


【部活編】

〇陸上部に入部するまで

入学式翌日。教室で普通に過ごしていると先生に廊下に呼び出される。

え、なに、私もう何かやらかした…?

と不安になりながら廊下へ向かう。

すると陸上部顧問の先生がいた。
そして一言。

あ、陸上部顧問の○○です、よろしくね!

と。

私が中学時代陸上部だったことを知っていたらしく、わざわざ来てくれたのだ。
元々高校でも陸上を続けたいと思っていた私は嬉しかった。

そのときは軽く挨拶するだけで終わった。
放課後、「部活動見学に行きたい」と思うも、一緒に見に行く友人がいない。
さてどうする、と悩んでいた時、隣のクラスの担任も陸上部顧問だったことを思い出した。

…、よし、行くか…。

決意して隣のクラスへ行き、先生へ声をかける。
無事に一緒にいってくれることになった。
(この行動力今思えばすごいなあ、やっぱりやりたいことには一途なんだね、私。)

放課後、部活に顔を出す。
既に練習に合流している1年生もいた。

意識高いなあ…

と思いながら自分も練習にくらいつく。

が、運動量が大幅に減っていた当時の私には結構きつかった。

でもやっぱり楽しかった。


〇陸上部に仲間が増える

部活に参加し始めて数日が経過すると、同学年の見学者が何名か来た。

全員女の子。

それもそのはず、私が進学したのは商業高校。
ほとんどが女子だ。

中学時代、男子とばかり絡んでいた自分は女子とどうやって絡めばいいか分からなかった。
(というかそれは今もなんだけど…。)

一気に女子部員が増えたとき、同学年が増えた嬉しさとどうやって接したらいいのだろうという不安もあった。

この不安はそのまま残っていた。


〇リレーメンバーになる

中学時代、部活のリレーは補欠でしか入ったことが無い私。

高校でリレーを決めるためのタイム測定をした。
リレーメンバーに選ばれた。

めちゃくちゃ嬉しかった。
でも、3人の先輩とどうやってコミュニケーションをとるべきか不安な気持ちのほうが大きかった。

練習を始めたらそんな不安はすぐに消えた。
先輩は姉御気質というか、なんだろう、すごく頼れる先輩で心強かった。
ありがとうございます。

私もこんな先輩になりたいって思った。


〇個人種目を変えるか否か

私の個人種目はハードル。

でも中3の大事な大会のアップで思いっきり足首をハードルにぶつけてしまった。
そのまま予選は走ったものの、準決勝を欠場。

予選タイムのままなら余裕で決勝まで行けたのに。悔しい。

そんな思いがあった。


話を高校時代に戻そう。

そのズッコケがトラウマでもうハードルを辞めたいと思っていた。
顧問にもそれを伝えた。

でもとりあえず一回出てみようという流れになり、出場した。


ハードルを跳ぶ感覚は本当に気持ちがいい。
一度走り切ったことでトラウマがだいぶ薄れた。

何よりタイムが思ったより良かったことが自信につながった。

結果、ハードルを専門種目として続けることにした。


続けた結果、1年生から(自分的に)大きな大会に出させてもらえたのが嬉しかった。
続けて良かった。


〇腰椎分離症

いわゆる腰の疲労骨折。
これを高1の秋ごろにやってしまった。

400mHを始めた直後のことで悔しかった。

コルセットを付けて、部活に行くかリハビリに行くか。

正直つまらなくて辛くて悔しくて、一番つらい時期だった。


〇部長宣言

この時期に言われたのが部長の話。

多分前に別のnoteでも書いたかな。

ホントに複雑な気持ちだったことをよく覚えてる。

懐かしいなあ。

この時はとにかく練習して練習して、頭の中空っぽにしてたと思う。

ノートに自分の本音を書き始めたり、練習の記録を取り始めたりするのはもうちょっと後の話。


【学級生活編】

◉テストの成績ばらされる

担任がね、言っちゃったんですよ。

私の出身中学は私立ではないけど、比較的頭のいい中学校だった。
私はそのなかでも中の中くらいの、ど真ん中な成績だった。

まずその頭いい中学出身だってことを言われ、入学直後のテスト成績がクラスで一番良かったことも言われ。
嬉しさよりプレッシャーが勝った。

や、なんかみんなの仲が深まってからそうやって暴露されるのはいいのよ。

でもしょっぱなの第一印象まだ固まってない時期からそれ言われちゃうときつい。
真面目キャラ脱却したかった私からしたら超超超超大事件だった。

…第一印象って大事だよね。


◉学校祭のクラスステージ

中学校3年間ステージ発表だったから、自然とここを選ぶよね。

他にも色々あるんだけど、めっちゃ楽しかったことを覚えてる。

憧れガールがステージで歌ってていいなかっこいいなあって思ったのもいい思い出。
まじで歌上手くて踊りも出来てかっこよかった。

(ダンスと言えば、学祭準備期間中にマカロンガールが私のダンスを見て褒めてくれたことを覚えてるんだけど、これは1年の時かな…。)


◉委員会

え、何やってたかな…。
全く覚えてない。笑


1年生での変化

何だろう…。

部長っていうワードが自分の中に落ちてきてから人をまとめるとか引っ張るっていう意識が自分の中で更に大きくなったのかな。

それが無かったら今の自分はないと思う。

2年生、3年生と過ごしていく中で、自分がサポートタイプだって気が付くまでには時間がかかったから、それまではちょっと大変だったけどね。


1年生での挫折

腰椎分離症で思うように部活動が出来なくなったこと。

めっちゃ本気でめっちゃ頑張ってた部活動が出来なくなったことがとても辛かった。

すごく悩んだ時期だったと思う。

周りの人は本気で取り組めば出来るはずなのになんでやらないの??
私は怪我して、周りは元気で。
意味わかんない。
私が代わりに走ってやりたい。

って思ってた。

周りが全然見えてないね、自分基準のガキンチョだった。


次回は【高2のじゃい】

を書く予定です。

じゃ!


👇 記録の続き 👇

coming soon…

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