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『盤上の夜』ネタバレ読書呑記(7前半)〜空飛ぶ象だと思ったら……
前回の呑記の続き。
今回は長くなったので、前半後半の2回に分けます。
『象を飛ばした王子』のタイトルにある「象を飛ばした」。
これは、小説のベースとなるボードゲーム『チャトランガ』のコマ「象」を指します。
「象」のコマの動きには諸説あります。
将棋の銀将(ナナメ4方向と前方の5方向へ1マス移動)と同じだったりしますが、小説では「ナナメ4方向に2マス移動」です。
象、飛んでます。
チャトランガの考案者である主人公のラーフラは、このルールを説明すると全員こんなことを言ってきます。
象は、飛ばない。
まあ普通そうだよね。
しかし、小説終盤でラーフラは父シッダールタにチャトランガを教えます。
【引用】
「……法則に従って、駒を交互に動かす、最後に王を取った側が勝ち、そうなのだな」
「そうです!」ラーフラの目は輝いた。「そうなんです!たったこれだけのことを、これまでただの一人も、理解してはくれなかったのです!」
※太字は、原書では傍点。
そして、父と息子は対局をするのですが、実はこれがチャトランガ史上初の対局となります。
つまり、今まではルールの説明をしても「象は飛ばない」という理由で、誰も対局しなかったのです。
象は飛びます
ところで、なんで「象が飛ぶ飛ばないに、ここまでこだわる必要がある」のだろうか?
そもそも、この小説において「象」ってなんなの、という話ですよ。
で、市の図書館でたまたまこんな本を見つけてしまった。
おいおいおい、象が飛んでますよ。
法句経に象の話がありました。
【Wikipediaからの引用】
『法句経』(ほっくぎょう)、または『ダンマパダ』(巴: Dhammapada)は、仏典の一つで、仏教の教えを短い詩節の形(アフォリズム)で伝えた、韻文のみからなる経典である。「ダンマパダ」とは、パーリ語で「真理・法(巴: dhamma)の言葉(巴: pada)」という意味であり、伝統的漢訳である「法句」とも意味的に符合する。
パーリ語は、今回の重要ポイントです。
のちほど。
エーラーヴァナ
さて、図書館で出会った『空飛ぶ巨象』。
目当てで探した象さんのイメージに合致したのは、エーラーヴァナでした。
エーラーヴァナはどのようなものなのか、本書の情報をざっくりと抜き出すと、
・エーラーヴァナは天界の天子だが、畜生道のもの(象はその対象)なので、天界からはなれる時に本来の象に戻る。
・体長は150ヨージャナ。
・33人に乗せて移動できるのは、搭乗できるための頭が33つあるから。八岐大蛇から312.5%UP(当社比)。
・さらにサッカ(帝釈天)を乗せるための頭がもう1つあります。大きさ30ヨージャナ。
・さらにサッカの乗る頭には搭乗のコクピットがあり、高さ12ヨージャナ。その中で座るスペースは1平方ヨージャナ。
・33の頭の左右に象牙各7本。長さ50ヨージャナ。
・33の頭には、7つの蓮池があり、それぞれに7つの蓮の群生があり、それぞれに7つの花をつけ、それぞれに7枚の葉があり、それぞれの上で7人の天女が踊っています。さて、天女は何人いますか?
ちなみに、ヨージャナは長さの単位です。
1ヨージャナの長さは諸説ありますが、ここでは、約8kmとしておきます。
つまり、150ヨージャナは約1200km。
この長さに合うイメージは、
本州。
エーラーヴァナ1体は本州1個。
しかも、本州にある都府県の数は34。
東京都をサッカの指定席にすれば、残りの府県数はエーラーヴァナの頭数にピッタリです。
エーラーヴァナって巨大というよりは、むちゃくちゃ長いというイメージが強くなってきましたな。
![画像1](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/59962099/picture_pc_69532ba2d3491145bde8c23d567ddb29.jpg?width=1200)
『空飛ぶ巨象』の表紙には、
エーラーヴァナが描かれています。
こんにちは。
象でもあるし……
パーリ語で書かれた経典には、『ダンマパダ(法句経)』の他にも『スッタニパータ』があります。
『ダンマパダ』は初学者向きの経典で、『スッタニパータ』はその上級編というかベテラン向きな経典のようです。
エーラーヴァナは『スッタニパータ』に登場しています。
その部分について書かれたブログがありました。
で、このブログを読んで驚くべきことが分かりましたよ。
【抜粋しての引用】
○中村元先生訳
エーラーヴァナと名づける象王は、(以下略)
○正田大観先生訳
エーラーヴァナという名の龍の王が、(以下略)
えっ?!龍だとぉ!!
【抜粋しての引用】
○パーリ語原文
アーガンチ テー サンティケー ナーガラージャー
‘‘Āgañchi te santike nāgarājā,
来た あなたの 近くに 象王は
「nāgarājā」の「rājā」は「王」をあらわしています。
なので「象」をあらわしているのは「nāga」……だけど、ナーガって「龍(もしくは蛇)」でもあるな。
あれ?「龍」だと、むちゃくちゃ長いイメージに合うぞ?
パーリ語とサンスクリット
さて、Wikipediaの「チャトランガ」のページを見てみます。
象のコマの呼び方は「ガジャ」です。
「ナーガ」ではありません。
英語版Wikipediaも確認すると、英語での綴りは「Gaja」です。
この理由は、
もととなる文献はサンスクリット語だから
だからだと推測します。
サンスクリット語は、書くことに特化した言語です。
俗語や話し言葉などの日常語は、サンスクリットに対してプラークリットと呼ばれ、パーリ語はプラークリットになります。
さらに言えば、パーリ語には文字がありません(口頭で伝える目的の言語だから、特にいらないのです)。
だけど、「文書や書籍となっているのは、なんでやねん」という話です。
それは、ほかの言語(タイやビルマ、ラオスなど)の文字を借りて当て読みしているのです。
さらに、このパーリ語は、ラーフラやシッダールタのいたマガダ国の言語と結構似ているらしいです(注記:ただし、小説では2人はカビラバストゥ国の王族なのですが、カビラバストゥ国はマガダ国の属国として解釈してみます)。
より詳しくは、下のリンクの記事を参照して下さい。
【引用】
従来は釈尊(ゴータマ・ブッダ)が説法した言葉こそこのパーリ語であると考えられていたこともありますが、 実際には西方インドで話されていた言語のようです。 とはいえ、釈尊のいたマガダ国の言語の特徴もいろいろ含んでいるなど、 さまざまな要素が混入した言語です (そのせいか、語形変化表が非常にごちゃごちゃしています)。
象のコマは龍のコマ!?
サンスクリット語だと、象は「Gaja」で、龍(あるいは蛇)は「Naga」と区別されています。
一方パーリ語だと、象も龍も「nāga」と同じ単語で扱っているようです。
で、ここで1つ仮説を立てます。
象のコマは、実は龍のコマではないか。
なぜ、象のコマなのかというと、チャトランガのルーツは「実際の戦争をシミュレーションする目的」としている説があります。
チャトランガのコマの動かし方には諸説ありますが、象については2つの動かし方が残っていて、前回の呑記でもふれました。
1つは、現在の将棋の「銀将」と同じ動き(ナナメ4方向・前方に1マス)です。
![画像2](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/59964198/picture_pc_34d96cdcdc437d78d5d7d83515e6b2b4.png)
これ、実はナナメ4方向は「脚」、前方は「鼻」としてみると、
コマの動き=象の体躯から伸び出ている部位
を模していると推測もできます。
![画像3](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/59964239/picture_pc_2e072306e078f8e2a364ddf1902afa43.png)
そうすると、もう1つの「ナナメ4方向に2マス」という動き方は、龍(あるいは蛇)が飛びかかる動作を模している、とするとしっくりきます。
この仮説をふまえた「象」のコマを軸にして、『象を飛ばした王子』をさらに変則的に妄想読みをすることが出来そうです。
が、それは後半に。
では。
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