カラスの親指/道尾秀介〜読書感想文〜
詐欺を生業にして生きる、2人の中年男性がいた。
ひょんなことから彼らの生活に、色白で可憐な少女が加わることとなる。
さらにはその少女の姉、姉の恋人、変わった柄をした仔猫が加わり、いつのまにか5人と1匹に。
そんなみんなで楽しく平和な詐欺師ライフを送って生活、、なんてできるわけもなく、彼らの生活を脅かす"ある存在"が現れた。
見た目も特技もすべてバラバラ。
しかし出自を辿れば粒ぞろいのこのメンバーが立ち上がる。
必ず奴らを返り討ちにするために。
さあ、ペテンにハマる準備はできてるか?
「俺、悪党だよな」〜武沢竹夫〜
46歳、ベテラン詐欺師。
通称タケさん。
彼もかつては営業マンとして働き、妻と一人娘に囲まれて幸せな毎日を送っていた。
妻が28歳でガンで亡くなったその時から
武沢の人生という名のドミノがバタバタと音を立てて崩れていった。
会社の同僚から借金を押し付けられ、返済のためにまた借金が重なり、騙されたうえにさらに騙され、、
借金をまったく返済できず、会社もクビになった武沢は、ヤミ金業者の重役、ヒグチから「自分のところで働かないか」と提案される。
上背がありトカゲのような顔つき。歯擦音がやけに耳につく話し方をするその男は、返済能力に限界を迎えた債務者から最後の金を搾り取る仕事を武沢に与えた。
武沢を前にして泣き、懇願する債務者たちを見て、武沢は耐えられなかった。
耐えられなかったから、彼らを人間だと思わないようにした。
借りた金を返さない人間の方がどうかしているんだと思うようにした。
自分が取り立てをした女性が、自分の娘と同じくらいの年頃の子供を残して自殺したことを武沢が知るのには、そう時間はかからなかった。
彼の人生のドミノは、倒れ続けている。
「飛びたいです、自分」〜入川鉄巳
イルカにそっくりな顔をした、武沢の相棒。
通称テツさん。
他人の家の鍵穴を接着剤で塞ぎ、それを業者を装って直しお金を取るというやや安直な詐欺で日銭を稼いでいた。
3ヶ月半前、武沢のアパートをターゲットにしたためまんまと詐欺師だとバレてしまい、以降は行動をともにするようになった。
お人よしな性格でどこか間抜けな印象を与える彼だが、武沢曰く「あんたと組むようになってから成功つづき」とのことで、意外とラッキーボーイだったりもする。
そんな彼も、武沢と同じように妻を亡くしていた。
結婚し、テツさんが開業した小さな鍵屋を2人で営んでいた。幸せだった。楽しかった。だが、ある時から妻は、どこか遠い目をするようになったという。
「好きな人ができた」と別れを切り出されたのは突然のことだった。1人でビラ配りをしているときに声をかけられた男と時々会っていたというのだ。
なんとか話し合い、また2人で1からやり直そうと思ったが、、
ほどなくして彼女は「虫がいる」などと突然騒ぎ出すようになる。
彼女は別の男に会うたびに覚醒剤を使われていたのだ。さらにはその覚醒剤を自分に使ってもらいたいがために、多額の借金までしていた。
ヤミ金業者に債務整理屋に、裏社会と関わるだけ関わった2人の借金返済生活は、妻が自殺したことで降りた保険金で一括返済することで幕を閉じた。
「ていうか、おじさんたち何なの?」〜河合まひろ〜
茶色い髪の、痩せている色白な18歳の少女。
その容姿と抜群の演技力を利用して日銭を稼ぐ天才スリ師。
彼女の父は、どこかへ出ていったきり帰ってこない。
母は何年も前に、手首を切って自殺した。
スリで稼いだお金で過ごしていたが、家賃を払いきれずにアパートを追い出される直前の状態だった。
タケさんの提案で彼らとともに生活することとなる。
ちなみに料理の腕前は達人級で、和食を中心におそろしく美味いご飯を作れる。
「この豆腐、超ふわふわ。お尻みたい」〜河合やひろ〜
まひろとともにアパートに住んでいたまひろの姉。
まひろがアパートを追い出された、ということは彼女もまた追い出されたのだ。
年齢は26歳にさしかかりまひろとは少し離れているが、まったく歳を感じさせないどころか瓜二つな見た目をしている。
やひろはまひろ曰く、"なにもしない人"。
しかし人懐こくどこか憎めない一面と、まひろと同様の高い演技力を持つ。
持ち前の非常識さを存分に発揮して、まひろが住まわせてもらっているタケさんたちの家に勝手に転がり込んできてしまった。
「僕はですね、やひろさんの用心棒です」〜石屋貫太郎〜
やひろの彼氏、石屋貫太郎。
ぷくぷくと太ったフグのような見た目の青年。
本業はマジシャンであり、ギターを弾いて歌いながら手作りのマジックを披露していくという変わったやり方で舞台にたっていた。
しかし舞台に立っていた頃はそこそこの収入があったものの、今はまったく依頼が来なくなりほぼ無職。
自分のアパートを追い出されまひろ・やひろ姉妹と同居していたが、まひろたちもまたアパートを追い出されたということは、、そうゆうことである。
やひろの非常識にあやかって、彼もまたタケさんたちと同居することとなる。
彼らの生活をおびやかす、"ある存在"
武沢は、自分が取り立てをした女性が自殺したことをきっかけに目が覚めた。
こんなのは間違っている。
そこで武沢は、ヒグチが持っていた債務者たちのリストや組織の拠点が書いてある重要書類を持ち出し警察に明け渡した。
あっという間に警察の大規模な捜査と摘発が行われ、ヤミ金組織が壊滅に追い込まれたとニュースで知った。
職安に通い新たな職を見つけ、また人生をやり直そうと思っていた矢先、、
自宅が、火事になった。
一人娘がまだ中にいるのに、原因不明の家事で、家は完全に焼け落ちた。
武沢が就活で外出中の出来事だった。
そしてその夜、彼のもとに電話がかかってきたのだ。
「これで終わりじゃないよ。」
武沢の人生ドミノの最後の一つが、倒れた。
狙われる平和
火事を最後に娘を失ったタケさんからして、"火事"というのはとても重要なワードだ。
そして、タケさんたちはその後いくつかの放火事件に巻き込まれる。
脳裏にチラつくのは、自分の過去。
そして憎むべき組織の奴ら。
「これで終わりじゃないよ。」
また逃げるか?
脅され、弱みを握られたら、逃げるしかない?
逃げた先に平和はあるか?
そこでまた脅されたら?
タケさんがまひろややひろ達を受け入れたのにはある事情があった。
それは、過去に自殺に追いやってしまった、いわばタケさんが殺してしまったあの女性への贖罪。まあ。貫太郎はおまけだけど。
おれたちはまた逃げるか?
大事なものを奪われて、我慢して、我慢して、
忘れるまでずっと、我慢して、、
だから、やり返す。おれたちのやり方で。
相手は暴力と恫喝のプロかもしれないが、こちらは詐欺師。頭を使うプロだ。
詐欺師のコンビ
天才スリ師の妹
演技派の姉
マジシャン
勝算は十分にある。
もう2度と負ける側には回らない。
俺は悪党だと毎日自分に言い聞かせたあの日々を、タケさんは思い出していた。
1つなのに2つのストーリー
カラスの親指を語る上で、上記のタイトルがぴったりだと私は思っている。
ストーリーは一貫しているし、スピード感からワクワク感から、さすがは道尾秀介としか言えないテンポで話が進んでいく。
最終章を読んだ時、この残り少ないページ数でまた新たなことをしてくるか!と驚きを隠せない。
わかりやすく言うと、最終章を読まなければ読まないで、それはちゃんと1つのストーリーになっているのだ。
最終章を読むことでストーリーの本質が見え、新たな展開が伺える。
つまり最終章ありきではない。
もしうっかり読まなかったとしてもそれはそれできっちり完結するのだ。
そう考えるとある意味では1つの本で2つのストーリーを描いたといっても過言ではない。
よく「あなたは必ずもう一度読み返す」みたいな煽り文句を見るが、この本ほどその文句が似合う本はないだろう。
まあそもそも考えてみれば、これは詐欺師たちのストーリーだ。
手に取り、読み、面白いと思った時点で
作者と登場人物たちが仕掛けた盛大なペテンに、すでにハマっているのである。
ちなみに続編に「カエルの小指」という作品があるが、これがまたぶち抜けて面白い。
私としてはさらなる続編を望むばかりであるが、こちらに関してはまたいつか。
今は「ぶち抜けて面白い」なんていう安直な感想に留めておこう。
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