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愚者のエンドロール/米澤穂信〜読書感想文〜

神山高校の特別棟4階、その端っこにある
"古典部部室"。

今日も部員である折木奉太郎、千反田える、福部里志、伊原摩耶花はこの部室でそれぞれの色の青春を謳歌していた。

2年F組が自主制作したミステリ映画の試写会に行ったことをきっかけに、彼らの青春はまたしても、複雑な色に混ざり始める。

試写会に行きましょう!

そんなえるの一言から、物語は始まる。
彼女の先輩にして幼い頃から家同士での付き合いもあるという入須冬実から「自分のクラスで自主制作したミステリー映画の試写会に来ないか」と誘われたのだという。

もちろん乗り気ではない奉太郎を他所に、
える、里志、摩耶花はメモまでとって鑑賞に臨むほどの本気ぶり。

楽しみに上映を待つ古典部員たちに、入須は言うのだ。

このビデオ映画にはまだタイトルがついていない。仮称は単に『ミステリー』。
ビデオが終わったら、一つ聞かせてもらいたいことがあるから、そのつもりでしっかり見てくれるとありがたい。

それでは、健闘を。
愚者のエンドロール/P31〜32より

健闘を?

説明してもらいましょうか。

廃屋の鍵のかかった密室で少年が腕を切り落とされて死んだ。
犯人はだれだ?
その方法は?
動機は?

しかしビデオは、彼の亡くなった姿を写したところで終わってしまっている。
これはもちろん、「結末はあなたの胸に」みたいなよくあるあの展開ではない。
本当に結末がないのだ。

そう、いわば完全に突貫工事の思いつきで始まったこの企画。ミステリーをやりたいとクラスで決まったはいいが、だれがどんな脚本を書くかすら一切決まっていなかった。

そんな中、白羽の矢がたったのは入須のクラスメートである本郷真由
彼女の物語創作経験は、漫画を少し描いたことがあるだけ。

土台無理な話だったのだ。
しかし彼女はがんばった。がんばった結果、神経性の胃炎、うつ状態となり倒れてしまったという。
彼女にこの先を要求することはとてもできない。
後を継ぐものが必要だと、入須は言う。

私はただ、試写会を開いただけ。
そして、見てくれた君ら訊くだけよ。
…あの事件の犯人は、誰だと思う?
愚者のエンドロール/P55より

ぞくりとした。

古丘廃村殺人事件?

つまり奉太郎たちは、問題提起の場面だけを見て犯人を推理する役を任されたわけだ。

探偵が「謎はすべて解けた!」と言ったのを合図に物語は解決編に入る。
逆を言えば、そこまでを見ていれば犯人がわかるようにヒントがしっかりと散りばめてあるということになる。

乗り気な3人とは違い、間違えたところで責任は取れないと突っぱねる奉太郎。

入須の提案により、F組の探偵志願者たちの推理を聞き、それの採否に参考意見を述べるオブザーバー、という形で4人の役割は落ち着いた。

ここから彼らは、F組の撮影に関わった3人の先輩たちの推理を聞くこととなる。
あの事件にタイトルをつけるなら、
曰く、古丘廃村殺人事件。
曰く、不可視の侵入。
曰く、Bloody Beast。

多種多様な推理を聞く中で、試写会を見ただけでは知り得なかった情報を奉太郎たちは知ることになる。

・本郷の働きっぷりは、だれもが認めていた。
・明らかに出入り口になりそうに見える窓は、実は打ち付けられていて開かなかった。
・本郷はホームズでミステリの勉強をしていた。
・本郷から、人がぶら下がってもぜったいにきれないロープを用意するよう指示があった。
・血糊の量は、はじめに指示されていたものだと明らかに少なかった。
・クラスでなにをするか、だれがやるかは、全てアンケートを元に他薦で行われていた。

探偵役志願者の3人の話を聴き、新たな情報を手に入れたうえで、奉太郎は言うのだ。

「今の推理は、却下だ」

推理をする古典部

古典部シリーズの目玉といえば、この推理シーンにあると私は思う。

とにかくこの古典部のメンバーが自分たちの知識をぶつけ合う様というのは非常にかっこいい。

強い閃きを持つ奉太郎
五感に長け、場を収められるえる
データ収集に秀でた里志
現実を見て地に足をつけた意見を持つ摩耶花

この4人が1つの"未完成のミステリ"を見たとき、こうも四方八方から意見が飛び出してくるものかと目を見張る。
私もたった1つのヒントから着想を得て、なにか新たな可能性を投じたいところだが、、まあ実力が追いつくまい。

しかし、こういった議論の場というと皆さんにも経験がないだろうか。

「私はこう思うけど、この人がこうだと言うならきっとそうなんだろうな」

という気持ち。

ある人物に「これはこうに違いない」と言われると、「え、でもそれじゃ無理じゃない?」と反対意見が思いついても、なんとなく言えない。
私の方が間違ってるかもしれないし、と。

いわゆる屈託である。

同じ高校生、同い年、付き合いが長いといっても、古典部メンバーたちの間に屈託がまったくうまれない、なんてことがあるだろうか。

氷菓事件を巡る一件でも、奉太郎は難解な事件を何度となく一本の線にまとめてきた。
その奉太郎が「こうだ」と言ったものを、なんの不安もなく否定できるだろうか。

逆もまた然り。
所詮は閃き、ただの偶然と言いつつも、推理の渦中には常に自分がいた。
奉太郎が、自身が導き出した答えを疑うときはあるのだろうか。

探偵がAと言ったから、真実もA。
答えを考えたってどうせ探偵が解決するんだから、考えるだけ時間の無駄。
本当にそうだろうか?

奉太郎から3人へ、そして3人から奉太郎へのそれぞれの屈託を見事に描き出し、古典部が4人である意味を再確認することができる、深く鋭い物語でもあると言える。

入須冬実という人

入須が奉太郎をお茶屋に誘い、改めて事件解決をお願いする、というシーンがある。
本作を象徴するかのようなシーンであり、また彼女が操る日本語の巧みさに感嘆させられるシーンでもある。

彼女が求めているのは、本当にあのミステリ映画の解決なのだろうか。

事件解決に奔走するうちに見えなくなってしまった本当の真実を、奉太郎は知ることになる。

最後に

私は古典部シリーズをはじめとした米澤穂信さんのファンである。
以前には同シリーズの代表作、氷菓の読書感想文も書かせていただいた。
ぜひ合わせてご一読いただきたい。

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