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猫のお告げは樹の下で/青山美智子〜読書感想文〜

失恋した相手を忘れられない美容師
中学生の娘と仲良くなりたい父親
なりたいものが分からない就活生
夢を諦めるべきか迷う主婦…

なにかをしたい。でもなにをすればいいかわからない。そんな想いを持つ人々が、ふらっと訪れるとある神社。

お尻に星のマークがついた猫、「ミクジ」から渡されたお告げで、彼らは自分自身の世界を変えていく。

悩みと劣り

恋、お金、友人、家族、仕事

人が悩む理由なんていくらでもある。

本作に登場する7人の主人公の悩みは、形は違えど誰もが経験したことがある、あるいは今後経験するであろう悩みと言える。

身近に思えるからこそ、主人公たちの苦悩は胸に響くものがある。

悩んでいる人に対して
「自分がやりたいことをやればいいんだよ」
という返答をよく聞くが、ではやりたいことが具体的に決まっていない人、なにをすればいいかわからない人はどうすればいい?

自分で自分の進むべき道を見据えられないのは悪なのか?
とりあえずやってみる、というスタンスを持てないと駄目なのか?
「そんな小さなこと」で悩んでいる人は、他人より劣っているのか?

悩んでいるときに頭に浮かぶ「うまくやれてる人もいるのに」という考え。
ウジウジしている自分が惨めに見え、行動できる人がより輝いて見える。

悩みとセットになって襲ってくる"劣等感"も、見事に書き表されているように思う。

悩みのかさまし

悩んでいるときは卑屈になりがちだ。
うまくいっている人間がみんな自分の上位の人間に思えてきて、嫌味を言いたくなりもする。

「いいですよね」
「自分にしかできないようなことがあって、フリーターしながらお気楽に生きてて、夢もかなっちゃうんですか。すごいですね。何をやりたいのかもわからない僕とは大違いです。」
猫のお告げは樹の下で・P107より

だからこそ主人公の1人、なりたいものが分からない就活生のこの言葉はとても刺さる。

相手のことが羨ましい。
うまくやれててすごい。
自分がうまくやれてなくて、理不尽にイライラする。

ようは八つ当たりと言われればそれまでだが、だれもが一度は抱いたことのある感情ではないだろうか。

いつかその悩みが解決したときに、なんであのときあんなこと言ってしまったんだろう、と間違いなく後悔するであろうセリフ。

だがこのときは、こうやって言葉にしないと自分を抑えられない。
自分が持っていたわだかまりを、青山美智子さんに文章化してもらったような感覚を味わえる。

ミクジは助けない

全ストーリーに登場する、猫のミクジ。
一見すると迷える子羊にお告げという名の救いの手が差し伸べられ、それを機に人生が好転するストーリーのように思われるかもしれないが

ミクジはお告げを渡すだけ。
そのお告げをどう解釈し、どう使うかは渡された人次第。
つまりなにもしなければしないなりに、そのお告げは無意味なものとなる。

「お告げは本当に完結したんですか」
「あなたの中で、きちんと自分のものになったのでしょうか。ただ言われるままに行動を起こしただけで、期待した結果が得られないからといってさらなる手を求めるのは怠慢というものです」
猫のお告げは樹の下で・P66より

ミクジが現れる神社に勤める宮司のセリフだ。
お告げ通りにしたはずなのにうまくいかないと憤る、ある章の主人公に向けた言葉。

これは現実世界でも同じことが言えるかもしれない。
手を差し伸べてくれる人、助け舟を出してくれる人は意外といるものだ。

だがそれに気づかずに卑屈になってしまったり、なんで自分ばかりがこんな目に、と塞ぎ込んでしまったり。

悩める時こそ前を向いて
周りを頼って
無理なく行動する

大事なことなのに忘れがち、そして卑屈になりやすい私自身が最も苦手とすることだ。

もしかしたら今度悩みが襲ってきたときは、ミクジとの出会いを求めて神社を巡っているかもしれない。そんなことをしてるうちに、ミクジには会えなくても、なにかいい案が浮かんできたりして。

それが「無理なく行動する」ということなのかも。

ふと自分だったらどう思うかな、と人生を振り返ったり、今後の人生を考えたりすることのできる作品だ。

今現在モヤモヤして、それをどう表現すればいいかわからないでいる方、安心してほしい。
そのモヤモヤを、主人公たちがぜんぶ言語化してくれる。

番外編-ハッピーエンド??-

私の中での青山美智子さんといえば、「幸せな文章の権化」である。

主人公たちは悩みや憤りを感じているが、ちょっとしたことをきっかけに自分を見つめ直し、周りも見つめ直し、現状は大きく変わらないまでも自分なりの小さな幸せを見つける。
というのが青山美智子作品の大きな主幹であると思っていた。

しかし、個人的に本作は少し違っているように思う。

わかりやすく言うと、嫌なやつは最後まで嫌なやつなのだ。

私が今まで読んだ作品だと、
主人公が苦手としていた人物にも実はいいところはあって、自分が嫌なやつという目線で見ていたから悪いところばかり目立っていたんだな、と主人公も反省する…
その人の悪い面も良い面もそれぞれに受け止めて、自分の心を豊かにすることで結果的に幸せを掴むといった展開が多いイメージがあった。

だが今回は、嫌なことを言う人はやっぱり嫌なことを言ってくるし、ひどい人はやっぱりひどいことをしてきているように思う。

もちろんドロドロとした演出があるわけではないが、少し胸のつかえが残るような印象もなくはない。あくまで私の個人的な感想だが。

しかしそれが逆に現実味があるというか、とても良い味が出ている。

個人的には今後の人生の教訓にもしたくなるようなステキなセリフが数多く出てくるため、何度も読み直したくなる一冊だ。

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