きみのおめめ カンガルーのあかちゃん #12

10月に入り、肌寒い日が増えた。
それにともなって、娘は私のおなかや胸のあたりをまくらにして眠ることが増えた。
「かかのおなか、ふわふわしててあったかいから好きなんだよね」
そういって頬やおでこをこすりつけながら、ちょうどよい場所を探す。
ととのお腹はかたいらしく、夫はとても悔しがっていた。私にばかり頭を預けてくれるのが嬉しいような、ふわふわとは何をもってして、と少しばかり複雑な気持ちで寝かしつけをする。

部屋を暗くして体を預けられ、私の胸に娘の体温がじんわりと広がるたび、5年前の娘が産まれた日を思い出す。
娘の顔にかかる細い髪の毛を、2本の指でゆっくりとはらう。娘の口が、むにゃ、と動く。
実はね、娘ちゃんが産まれてすぐ、こんなふうにおなかの上で抱っこしたんだよ。と空を見る娘に言う。
「どういうことぉ?」
声がゆらゆらと揺れていて、暗闇に余韻が溶ける。

子どもを願うか、迷っていた時期がある。
夫とたくさん話をして、様々な未来を想像して、過去を思い返して悩んで、何度も繰り返し考えた。
覚悟を持って決めたつもりでいたけれど、いざ命が宿ったことがわかると怯んでいたのだ。私は親になってもいい人間なのか。産まれる子と、親子として適度な距離を保てるか。
痛みの波を越えて産まれた娘を胸の上に抱き、不確かな重みと鮮明な体温を感じたとき、不安も自信のなさもすべて飲み込んで″やりきらなければならない″のだと知った。バケツの水を被ったように、頭から順にだらだらと流れる何かが全身をつたい、数秒を掛けながら徐々に全身をあたたかいもので包まれ、皮膚はぴりぴりと痺れたような気がしたのを覚えている。

産まれた娘ちゃんの臍の緒を切る前に、助産師さんがここにころんて乗せてくれたんだよ。娘ちゃんの頭はもっと小さくて、指も細くて小枝みたいだったんだよ。その時、絶対に娘ちゃんの味方でいようと思ったんだ。
というと、ふうん、と一瞬考えたあと、
「娘ちゃんが産まれたとき、やったーって思った?」
と、目に光を宿していう。先ほどまでの眠気はどこかに飛んでいったらしい。
もちろん、やったーなんてものじゃないよ。嬉しくて、幸せだったよ。
そう言って娘の髪をなで、「今みたいに娘ちゃんとお話してる時間も、幸せだと思うよ」と付けた。
へへ、と笑いながらもぞもぞと動く。
娘ちゃんね、という声に、なあにと返し顔を見る。
「かかがおかあさんで、よかったなって思ってるよ。かかがそうかなって思うのの、数えきれないくらいそう思ってるよ」
そういってわざとらしく肩までふとんを被った。
娘がぎゅっと抱きついてきて、お腹がじんわりと熱をもつ。その熱はじりじりと目の奥を熱くする。奥歯がカタ、と音を立てた。
かかだって、娘ちゃんが思ってる以上に、娘ちゃんが産まれてきてくれてよかったって思ってるよ。
そう言って、娘の頬を何度もなでた。くすぐったがって肩をすくめる娘に、かかをおかあさんにしてくれてありがとう、と伝えた。

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