語感の言語化#3〈もどかしい〉

もどかしい


①物事が思うように進まずいらいらする。じれったい。はがゆい。「うまく表現できなくて━・い」「食事をする間も━・く原稿を書きつづける」
②非難すべき様子だ。非難したい気持ちだ。「━・しきところなく(仏道ヲ)ひたみちに勤め給へ/源氏物語竹河」
〔②が原義で、気に入らない事態にいらだつことから①のような主観的な心情を表す用法が生じた〕

大辞林

基本的に①の用法を考えていく。

(主観):「いらいらする」という意味を内包しており、その原因が思った通りでないということならば、「もどかしい」は「いらいらする」に置き換えられるのか。新明解国語辞典の「もどかしい」の項を見ると、

期待通りに事が進まないので、早く何とかならないかと いらだちを覚える気持だ。「彼の無器用な手つきを見ていると、代わってやれたらともどかしい」

新明解国語辞典

とあるが、この例文を「「彼の無器用な手つきを見ていると、代わってやれたらといらいらする」にすると違和感がある。これは「いらいらする」に「本当はもっと自分の力で上手くやれるはずなのに」という非難のニュアンスを感じるため、この例文の彼に対して好ましくない感情を抱いているかのような表現になっているところにおかしいと感じるのではないか。ただもともとは「非難すべき様子だ」とあるのを考えると私の語感は相当ずれているのかもしれない。「いらいらする」と比較して考えると、「(はたから見ていて)物事が思うように進まずいらいらする」というのが「もどかしい」の語感か。自分は部外者なのだからどうしようもないという悔しさ、やりきれなさがついてまわるようだ。しかし「折れた腕が動かせなくてもどかしい」のように自分の身体に対して思うようにできない苛立ちにはよく使われている。こうなると「自分で制御できないものに対して」と言うことになるか。皮肉だが「「もどかしい」という言葉の意味が言語化できなくてもどかしい」という言い方はしっくりくる。

「レイコ、お願いだから彼と一度離れて、それからじっくり考えてよ。私から見るとモラハラ被害者そのものなのにもどかしいよ。どういう状況だろうが、他人を追い詰めるようなやり方で気持ちを発散させるなんて、私は絶対に人間としておかしいと思うよ」

村田沙耶香『丸の内少女ミラクリーナ』

意識の方だけが戻って、体がそれについて来ないらしい。もどかしい思いで、私は身動きしようとしたが、指先一つ、動かすことができなかったのだ…。

赤川次郎『華麗なる探偵たち』


外国語から考える

英語だと impatiently, irritated, frustrated あたりが標準的な訳語か。

He impatiently gave the button another press.
彼はもどかしげにもう一度ボタンを押した。

オーレックス英和辞典

思い通りに動かない手がもどかしい.
A hand that I can't move at will is irritating. | It's irritating not to be able to move my hand as my wish.

研究社新和英大辞典

まだ「靴を履くのももどかしく走りだす(大辞泉)」のように何か身につけるものに対しても「もどかしい」気持ちを表すのに使われるようだ。(この文の場合、実際に靴を履いたのか履いていないのかは、分からないような気がするがどうだろう。常識的には履いている?)「もどかしく」と副詞にすると、これまで見てきた「もどかしい」と違って何かしらの行為は実現している場合が多いのだが、そのスピードが遅くて焦ったい思いをするという意味のようだ。

衣服関係の例文だといわゆる時間構文で表現される。

水着に着替えるのももどかしく,ビーチに飛び出した
No sooner had I changed into a bathing suit than I ran out to the beach.

オーレックス英和辞典

この例文で水着に着替えていないとは考えにくいから、「もどかしく」においては行為が実現したかどうかは文脈に委ねられるのだろう。

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