「よくさ、『今日最高に楽しかった〜! 明日からまたがんばれる!』とか、『来週のライブが楽しみすぎて今週仕事乗り切れる!』とか言うじゃないですか」 ぼくは珍しく、話し手に回っていた。 「わかります! わかります!」 「そう。おれはそれって本気で言ってるのかな、と不思議に思ってしまうんですよ」 ぼくは本当にこういった気持ちが理解できない。 何か楽しいことがあっても、その時にそれは楽しみきってしまう。 楽しみは楽しみで、しあわせはしあわせ。 何かがんばるための糧にするという
ぼくが新宿駅に着いたのは22時半を回った頃だった。 NewDaysの横にみゆきさんはいた。 待たせてごめん、と声をかけて気付く。 この前の彼女とはどこか違う。 髪を結んでいることや、 服の雰囲気が柔らかく変わったことに触れてみると、 「確かにね。アイシャドウとかも変えたの」 彼女は少し気恥ずかしそうに笑った。 階段を登り、ぼくたちは歌舞伎町を少し右にそれながら歩いていく。 「あのいつものところ」 「そう。空いてたらね。お水が軟水のところ」 みゆきさんはコンビニでご
0時を回った頃、彼女は口を開いた。 「一本、ちょうだい」 部内にはぼくと彼女のふたりだけ。 だいぶ前にも同じようなことがあり、 その時彼女は人知れず煙草を吸っていることを打ち明けてくれた。 終電まであと16分くらいだったけれど、 ぼくは彼女の誘いに応じて、フロアの端にある喫煙所まで一緒に歩いていった。 冷房の止まった社内は、空気が湿って重い。 「何してんだろ、あたし」 ぼくも最近仕事が詰まっていたから、 同じような気持ちだった。 ぼくはいつもより少し長く火を点
「折れろ!」 僕の手から矢が離れるのを見計らって、 彼はふざけた語調で小さく叫んだ。 果たして、矢は1に入った。 ぼくは笑いながら矢を取りに行く。 どれもいいところに入らなかった。 3本持ってソファに座る。 「君の不幸を一番望んでいるからね。僕は」 おさむはいつもぼくにこう言う。 けれど不思議と嫌な気はしない。 おさむとぼくは、かつて高校の同級生だった。 彼は高校一年の夏休み明けから一週間もすると、ぱたりと学校に来るのをやめてしまった。 彼とぼくの間には密かに共
「あ、ども」 タンクトップから肩を出し、片脚に重心を寄せて立っている彼女のきめ細かい素肌には、真っ直ぐな長い髪がふわりと載っていた。 ショートパンツからすらりと伸びた脚の先には灰がいくつか落ちている。 日曜日、ぼくらはたまにここで会う。 ぼくはその日の格好でここに来ることが多いが、 彼女はいつもグレーのタンクトップにショートパンツだ。 「家じゃ吸えないの?」 「うん。あかねさんも?」 うん、と言って、タバコを口に持っていく。 ぼくと同じように、このファミマの近くに
人差し指が熱い。 ぼくたちは新宿駅東口の喫煙所で待ち合わせた。 前に怖い思いをしたらしく、人気の多い場所が良いらしかった。 電話で確認をさせてくれよと思ったが、 こういうのも悪くないと思った。 水色のヘッドフォンの女性を探すと、彼女はすぐに見つかった。 けれど、彼女が2本目に火を点けたばかりだったので、ぼくは短くなったタバコをもうひと吸いした。 「こんばんは」 3本目に火を点ける前に声をかけてみた。 「あ、どうも〜」と彼女は結局火を点けながら言った。 綺麗に
ホテルを出たら、雨は止んでいた。 「おれ歩くの早い?」 ちがうの、とみゆきさんはこたえた。 「わたし、歩幅が小さくて。しかも今日ヒールだから小走りに見えるの」 終電を逃すまいという気持ちもあったぼくは、少し安心した。 みゆきさんは、来週滋賀に発つ。 「セミナーに行くの。詐欺とかじゃないのよ」 ヒールを鳴らしながら、みゆきさんは明るい髪を揺らしている。 最近やめた建築関係の仕事仲間から教わった、投資のセミナーだなんて、だいぶうさんくさい話だと思いながらも、ぼくは興味あり