#しばちゃん

0時を回った頃、彼女は口を開いた。

「一本、ちょうだい」

部内にはぼくと彼女のふたりだけ。

だいぶ前にも同じようなことがあり、
その時彼女は人知れず煙草を吸っていることを打ち明けてくれた。

終電まであと16分くらいだったけれど、
ぼくは彼女の誘いに応じて、フロアの端にある喫煙所まで一緒に歩いていった。

冷房の止まった社内は、空気が湿って重い。

「何してんだろ、あたし」

ぼくも最近仕事が詰まっていたから、
同じような気持ちだった。

ぼくはいつもより少し長く火を点けていた。

「年がら年中何かしらやってるじゃん。このまま年をとっていくのかなあって思うとさ、やってらんないよ」

「ずっと忙しいよね。落ち着く期間がない。」
「本当それ」

しばちゃんは小柴さんという。
年はぼくのひとつしただが、ぼくより社会人歴は長い。
中途で入ってきた彼女とぼくは、敬語を使わずに話す仲だった。

べたつく身体に、白い煙が張り付く。

一方、彼女はずいぶん涼しげで白くさらさらとしていた。

猫のような形の目を半分閉じながら、彼女は天を仰いだ。
のぼる煙がライトに照らされ、濃く白む。

ぼくたちはどんどんと短くなる煙草に合わせて、不満や悩みを語り合った。

「今日もタクシーかなあ」

喫煙所から部屋に戻るまでの廊下で、彼女は小さく呟いた。

部内に戻るとぼくたちはそれぞれ離れた自分の席に座った。

あと7分くらいだ。

「今夜、貸すよ」

ぼくは持っていた煙草を彼女に渡し、
部屋を後にした。

#しばちゃん #エッセイ