#ふみさん

人差し指が熱い。

ぼくたちは新宿駅東口の喫煙所で待ち合わせた。
前に怖い思いをしたらしく、人気の多い場所が良いらしかった。

電話で確認をさせてくれよと思ったが、
こういうのも悪くないと思った。

水色のヘッドフォンの女性を探すと、彼女はすぐに見つかった。

けれど、彼女が2本目に火を点けたばかりだったので、ぼくは短くなったタバコをもうひと吸いした。

「こんばんは」

3本目に火を点ける前に声をかけてみた。

「あ、どうも〜」と彼女は結局火を点けながら言った。

綺麗に短く切りそろえられた黒い髪に、
濁った白い煙が重なっていく。

ヘッドフォンをしているくらいだ。
音楽がすきなのだろう。

そう思って聞いても、
「なんでも適当に聴きますよ」としか返ってこなかった。

「さくっと何か食べますか」

新宿は庭ですよ、と足取り軽く、
ふみさんは歌舞伎町を進んでいく。

「ちなみに、ラーメンに行くんです、と言うとキャッチは引くんですよ」
と僕が彼女に言うと、彼女はすでにその魔法の呪文を知っていた。

金曜日の歌舞伎町はどこもいっぱいで、
ぼくたちはチェーン店に入ることになった。

地鶏や馬刺しを頼んで、梅酒で乾杯。

「わざわざ来てくれてありがとうございました。改めて」
「いえいえ〜、バイトが近かったもので」

ふみさんは、学校の給食を作りながら、
アパレルでバイトをしているらしかった。

「肩書きは何もないけれど、バーテンだって、メイドだって、旅館だって、なんだってやってきた。私自身はすごく満足しているんです」

彼女は頻繁にタバコを吸った。
3つの銘柄を取っ替え引っ替えに吸う女性だった。

「今日は行くんでしょう?」
彼女はもうすぐ西に帰るらしい。詳しいことは聞かなかった。

ぼくはあんまり乗り気じゃなかったけれど、
次また会うような余力がなく、夜を一緒に過ごすことにした。

道中、彼女はたくさん元彼の話をした。

「さっき電話があったんですよ。家庭のこととか心配だったから、話せてよかったなって。すきとかそういうのはないけれど、よかった。わたしもいじめられていたしね」

いつの元彼なのかはどうでもよかった。別に気にならないような話ぶりだった。

「おれは明日イベントの立会いだから、朝になる前にタクシーででも帰らなきゃ」
「どうして? 着替えが心配?」
「同じ服は着たくないんだよ」

有人受付のところが見つかったので、ぼくたちはそこに入ることにした。

部屋に入ると彼女は、タバコに火を点け、
鼻唄をうたいはじめた。

「わたしバンドもやってたんだよ」

ぼくはキングヌーの白日を聞きながら、
ただひたすらに揺れる煙をみることにした。

「これ、グラミチのパンツ」

ふみさんは誇らしげにそれを脱ぎ捨てた。

#ふみさん #エッセイ