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「今だからこそ聞きたい話」授業編

こんにちは!春眠くなると「春眠暁を覚えず・・・」と孟浩然の漢詩が思い浮かぶことを思うと、10代に暗記したものってこうやって効いてくるのかと学習の大切さをしみじみ感じるコミュニティデザイナーのみもりです。

長崎の被爆者の方の講話をお聞きしました。

2021年3月18日生徒たちが作った授業を実施しました。

当日は長崎から城臺美禰子さんとつないでいただき、オンラインで実施しました。

この授業を作るまでの過程はこちらにご紹介しています。👇👇👇

1時間たっぷりお話をおききしました。「皆さんは平和とは何があることだと思いますか?」そんな語りから始まりました。

戦時中は、食事ができない。白いご飯が食べられない。大豆の油粕が食事だったと。自由な発言ができなかった。戦争が嫌だというと子供でも調べられて、親が連れていかれる。今は、家で親と一緒にいられる。美味しいご飯が食べられる。進路も自分で決められるね。

そんな話しから、戦争の話へと続きました。

途中は友達を思って、城臺さんが涙ぐみながら話をされたり、戦闘機が上空を飛ぶ音をリアルに聞いたり、小学校で歌っていた軍歌を聞いたり。

そのリアルな音や、当時の写真をみて、気分が悪くなる生徒も。

「でも、これが本当に起きていたことなんだ。」と懸命に向き合おうとしていました。

ディスカッションタイムでは?

生徒や、一般参加の方も含めて7人ずつ、ブレイクアウトルームに分かれて話をしました。それぞれが感じたことをシェアしあい、どのグループも真剣に話し合いました。生徒の感想をご紹介させていただきます。

"中学のときに行った広島で見た写真や建物が衝撃的でショックを受けて、改めて話を聞いて実際に起こりうることだと実感がわきました。
そして、自分たちにも出来ることがあるんだなと、選挙に対する考え方も改める事が出来ました"


"とても貴重な話が聞けてよかったです。
目を逸らしたくなるような恐ろしいことだけどきちんと若い人が向き合って、声を上げていかなければならないと改めて思うことができました。
ありがとうございました。
忘れません。"
"戦争や原爆について勉強するのは辛くなってくるので、いつもその時代を避けて勉強してましたが、ドラマ、映画、漫画などをきっかけに戦争や原爆についての勉強ができるようになってきました。
まだまだ知らないことだらけなので、被爆者の方のお話が聞けて、本当に良かったです。こうやって後世に伝えられていくんだな、もっと深く勉強しようと思いました。"

大成功だった「授業を作ろう!」

11月下旬から取り組んだ授業を作ろうの企画は、大成功に終わりました。みんなが受けてよかったと満足度100%の授業になりました。

最後にひとりの生徒がこう言いました。

今回のキャッチコピーがいいよね。これ考えたの誰?天才!!

「今だからこそ聞きたい話。」

戦争講話とかではない、このコピーも生徒がもちろん自分たちで考えました。作り手側に回れた満足感いっぱいの顔で、また4月からもどんどんこのような授業をみんなで作っていこうね。というコミュニティデザイナーの桜中の言葉で終了しました。


そして最後に長文で感想を送ってくれた生徒の言葉で締めくくりたいと思います。

これを読んでくださった皆さんも、もう一度一緒に平和について考えてみませんか。

生徒からのメッセージ

まず、私がなぜこの授業に参加したか少し書かせてください。

私は小学生の時に被爆者の方のお話を、全学年で体育館で聞いたことがありました。
その方のお話は壮絶で、当時の私は投影される写真から、目を逸らしながら耳を傾けました。

ですが後で、この目を逸らしたい人類の歴史は、誰かの人生の1部で、半生で、それは当たり前にノンフィクションだということに気がついたのです

それから私は戦争とは、原爆とは、人間とはを勉強しなければいけないと思い、ネットで、本で、様々な意見を取り入れてきました。

そして今日、城臺さんのお話を聞いて私はこの感想文を書こうと液晶をタップしています。
長文、駄文にはなりますがご容赦くださると幸いです。

今日私が聞いて1番考えたことは

【平和とは】 【正義とは】 【人間とは】です。

まず、城臺さんが、「平和とは、何がある事だと思いますか?」と問われた際、私は恥ずかしいことに、隣にいる猫が幸せそうで安心して寝ている事だと思いました。
それはきっと、私には、子供もいなければ、
激しく損傷して、苦しむ家族を見たことがないからです。
けれど車に跳ねられてあられも無くなった猫は見たことがあります。それは一度目にすれば到底記憶からは拭えません。

さて、それが友達、家族、ましてや自分の子供ならどうでしょう?

現代を生きる私たちは、恵まれていると多方から聞かされます。 それは苦しい思いを目の当たりにした方なら当然思うことでしょう。
私は恵まれている。
ですがイマイチピンと来ない…
優しい家族も、温かいご飯も、安心して眠れる家もあるのに、目先に移るのはSNSでの誰かの幸せです。

自分の幸せに慣れてはいけない。
その今日は、当たり前だと思ってはいけない
何故なら、今この平和が、幸せが、消えてしまうかもしれない未来がまだ残っているということ。そしてその可能性全てを排除することは不可能だということ。

中高生の自殺率は今過去最多ですね。
今の日本では空からの爆弾は束の間休息をとっていますが
指先ひとつで、言葉で、誰かを傷つけ、挙句殺してしまう時代になりました。

次の日本を作るのは私達です。関係の無い人なんていません。
私達が私達の孫や曾孫やそのまた孫の住む世界の土台を作るんです。
それは当たり前に戦争やSNSや現実の罵倒差別のない社会にもなり得るし、子供や家族の食べ物の心配をしないといけない社会かもしれない。

さて、課題はまだまだうんとあります。
本当の平和はきっとまだ大切にしまわれて本の中に隠されています、私達一人一人がこれが平和なんだと心の底から思えるその日まで

そんなことを考えていました

そして2つ目に考えたことは正義とは、です

城臺さんのお話で、小学生の頃に歌った歌が私はとても印象に残っています
私は小さい時人一倍正義感が強く、バイキンマンは完全悪だったし、ディズニープリンセスでのヴィランも恐ろしくて排除するべき敵でした、

歌詞に、幾千もの敵を切り、とありましたが、その切っている敵は人間で、家族がいて、その人のことを大切に思う人がいます
今ならそう考えられるけれど
幼い日の私だったら?
もしそう考えるととても恐ろしいことです

アインシュタインは
「常識とは、18歳までに身につけた偏見のコレクション」だと言っています。もしその偏見のひとつに海の向こうの敵はみんな悪いやつで殺すべき敵でと教えられていたら?
戦争ではもちろん、純粋無垢な子供に悪と正義を教えこんで、利用することこそ最も恐ろしい教育だと思いました。

正義も悪もありません。
その全ては自分にとって、都合がいいか、悪いか。ですだからこそこれからの時代は自分が忌むべきとした敵に耳を貸し、声をかけ、理解は無理でも距離を取り、争いを避ける事が重要なんじゃないかと思いました。

最後に、私は人間について考えました、
え??核の話や戦争の話はどうしたかって?
それはもちろん、核兵器はまだまだ世界に多く残っているし、戦争だって終息していない。
だからこそ、今私たちはこうして考えなければいけないのだと思いました
人間について。
核を作ったのも、落としたのも、きっかけを作ったのも、落としたのも落とされたのも人間です。

真珠湾攻撃の報復で核が落とされたと城臺さんは仰られてました。なぜそんなきっかけを作ってしまったのか、なぜ報復処置しかとれなかったのか、人間だからなのでしょうか?
恨みと言う感情があって、石油を沢山手に入れたいという欲があって、その為にどんなこともしてしまう、人間がそんな生き物だからでしょうか?
確かにそうだったかもしれない
楽しいだけの物語なんて存在しないし実際に体験するまで共感できない苦しさもある、
けれど、人は変えようとすることができる。

悲しいのも苦しいのもフィクションだけで十分です。確かに恨みや怒りは簡単に決別はできなさそうですが、
少なくとも私は苦しんでも、憎い人が居ても、率先して許したいと思いました。

今日は沢山大切なことを考えられるとても有意義な時間になりました!
色々考えて吸収できるうちに、広島、長崎に足を運びたいと心の底から思いました
本当にありがとうございました。


自分たちの授業を自分の手で作れる。そんな体験をしたい方は是非ゼロ高へ。


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