「ドールハウスの幽霊/The Phantom of the Dollhouse」1
クマのぬいぐるみを赤ちゃん代わりにして、ジェニィとお友達の泉ちゃんがおままごとをしていると、カップケーキを載せた盆を持ってジェニィのママが子供部屋に入ってきた。二人は、クマのぬいぐるみを寝かしつけてからピンク色の子供用テーブルセットに腰掛け、さっそくイチゴのカップケーキと甘い紅茶のステキなお茶会をはじめる。
「ねえ、今度はアレで遊んじゃダメ?」
泉ちゃんは部屋の白い箪笥の上に置いてあるドールハウスを見て訊いた。その古めかしくもゴージャスなドールハウスは、ジェニィがジェニィママから譲り受けたものであり、ジェニィママが三歳のお誕生日に母親からプレゼントされたものだった。
「止めた方がいいと思う・・・」
ジェニィは急に元気の失い小声でそう答えた。泉ちゃんは不思議そうにジェニィの顔を見る。
「あのドールハウス、ゆうれいが棲み着いているみたいなの」
泉ちゃんは目を大きく開き、息をのむ。深刻な表情でジェニィはうつむいた。
「でも、ドールハウスに棲み着くゆうれいなんているの?」
ジェニィはママがよくやるように、眉間に少ししわを寄せて肩をすくめる。
「だって、イスやテーブルの位置が勝手に変わっているなんておかしいでしょう?わたしは全然さわっていないのよ」
泉ちゃんはもう一度息をのんだ。
「小さい幽霊じゃないかって思うの。ほら、リスとかの」
「あー!」
大いに納得したように、泉ちゃんは頷いた。
「気持ち悪いでしょ?だからあんまり近寄らないようにしているわ。泉ちゃんも、あんまりあっちに行かない方がいいよ」
「そうする」
クリームの付いたフォークを舐めながら、泉ちゃんは頷いた。
泉ちゃんが帰り、夕食の準備をはじめたママから相手をしてもらえなくなると、ジェニィは部屋に戻った。最初はくるくると回ってオリジナルダンスの練習をしたけれど、やがてそれにも飽きてしまい、全身鏡の前でパタンと座り込む。それからジェニィは、鏡をのぞき込んで自分の顔を観察しはじめた。ジェニィの趣味は、ダンスと自分の顔を見ることなのだ。
子供というのは、美意識が自分基準だ。だから五歳児のジェニィは、鏡があればうっとりと自分の顔を眺めていた。自分に欠点があるなんて思いもしなかった。
「里香ちゃんって美人ね」
と、誰かが他の子を褒めても、嫉妬だとか羨望だとか感じたことが無い。
「里香ちゃんにはみんなを感心させる美しさがあって、すばらしいことだなあ」
くらいに思っていた。
そんなきれいな子が自分と同じトイザウルス幼稚園にいるということが自慢ですらあった。
「どうだ!すごいだろう!」
みたいな気分。
当然ながら、まだ幼いジェニィにとって世界はとても広く、なおかつとても狭かったのだ。まさか里香ちゃん程度の美人は世界中に星の数ほどいるなど、想像も出来なかった。
「ママ、あの子を見て!同じマンモス組の里香ちゃんよ。今度のお遊戯会でシンデレラ役なの。美人でお姫様にぴったりでしょ?」
ジェニィは幼稚園にお迎えに来てくれたママに向かって、我がことのように里香ちゃんを自慢する。
するとなんとジェニィママはこんな風に言うのだった。
「そんなにかわいくないわ」
だとか、
「ジェニィの方がお姫様役に相応しいと思うけど」
だとかそんなことを。
ジェニーは里香ちゃんを否定されて非常に困惑した。
大人にとって、家族やよほど親しい仲でもない限り他人は他人だ。でも、まだ生まれて五年、交流を持った他者の数が少ないジェニィからすれば、大した繋がりなどなくとも、関わる一人一人から受けるインパクトがとても大きい。彼女の周囲にいる者すべてが、本人が想像する以上に、ジェニィの中でそれなりのポジションを分け与えられていた。
そんな幼い彼女からすれば、お気に入りのもの、自慢のものを批判されたようなもので、ジェニィママの言葉を聴いた時の感情には自分を侮辱されたような味わいすらあった。
彼女は混乱した。
「どういうこと?ママって美の趣味が変なのかな?美しいとか分からないのかしら?」
その上、ジェニィママはジェニィの方が美人だと言う。里香ちゃんを褒めているときに、自分のことなど持ち出されても、興ざめなだけだ。
「ああ、里香ちゃんって本当に素敵ね」
と同意してくれれば、それで彼女はご満悦だったのに。
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