23→24

いつもより1時間早くベッドに横たわった私は、ぼぅっと天井を眺めた。
カーテンの隙間から街灯の漏れた光だけがこの部屋に色の隙間を作っていた。
今日が終わる。静かに眠りにつくのを待つこの時間はいつもの何倍も長く感じた。

規則正しい生活を送っていたせいでこの時間にはまだ眠くならず目を閉じる気にならなかった。
電車の音が聞こえた。そうかまだ終電より前だもんな、と耳もまだ明日になっていないことを感じていた。

壁の白色が濃くなった。隣に置いていた充電中の携帯電話に通知が届いたようだ。
私は体の向きを変え手を伸ばす。
側面のボタンを押すと大量の光が私の目に降り注いだ。
慌てて画面の暗さを一番暗い設定にしなおす。
母からだ。「今日は来てくれてありがとう!次は7月かな。楽しみにしてるね。」という文章と共におやすみのスタンプが送られていた。
ありがとう!とだけ返して画面を閉じた。

今日は祖父の三回忌だった。
片道3時間かけて実家に帰り、そこから祖父の家へ妹と2人で向かった。参加者は10名程しかおらず、こじんまりとした法事だった。
私が実家にあまり帰らないことを母は寂しく思っているらしく、法事とは思えないほど活き活きした顔で私を迎えてくれた。まぁ泣いているよりも笑っている方が祖父も嬉しいかと思い、私も少し微笑んだ。
法事が終わりお墓参りも終わると、もう帰る時間になっていた。
私が家に戻ってきた時には21時を過ぎていた。
どっと疲れが押し寄せる。
親戚とはいえ、初めましての人にはさすがに猫を被っていたため気疲れしていた。長い1日だった、とため息を吐くと同時に喪服を脱いだ。
スウェットに着替えベッドへ向かった。
何もやる気が起きなかった。
お風呂は明日の朝でいいやと思った。
気づいたら、もう、こんな時間だった。

携帯の画面を閉じて、また天井を眺める。
ふと、この時間に彼と電話していたことを思い出した。彼から電話がかかってくるのは決まってこの時間だった。
約束をしたわけでも定期的にしていたわけでもなかく、気まぐれで電話がかかってきた。
来るかも分からない電話を待って、いつでも出られるようにマナーモードでもバイブで気づくようにしていた。その時間さえ愛おしいと思えた。
この小さな箱から出る音声が私の心の支えだった。
音声自体ないことも多かった。沈黙が何時間も続いて何の目的かもわからない電話も何度もあった。
だけど不思議とそれも心地よくて、私の脳裏に焼き付いている。
声も聞くことが出来なくなった今、その記憶だけを抱きしめて生きていたいと思った。
彼のことを全て覚えていたいと思っても、記憶の中の彼はぼやけていき、どんな姿形をしていたか詳細を思い出すことは出来なくなっていた。
忘れたくないと思えば思うほど、少しでも彼の欠片がなくなっていくことが辛かった。
人は声から忘れていくなんて言うから、彼の歌を何度も聞いた。一緒にいた時の動画を見返した。
その声を聞いて心が動くこと自体が嬉しかった。

だけど気付くと日を跨いでいることも増え、電話がなかったことを寂しく思わないことが、辛いと思った。
少しずつ慣れていく毎日に絶望しながら、いつか彼の記憶も忘れていいと思ってしまうのかもしれない。だけどまだ、そうならなくていいと思った。

前に進む、とは過去を見ないことではないと思った。
過去を見て愛でて大切にしながら、後ろを向きながら明日に足を進めていくことだって、きちんと進んでるじゃないか。
過去が見えなくなるまで目を離さないでいようと思ったって、明日は来るし、その度に私の脳のメモリは要らないもので上書きされる。過去は動かないまま、私から遠ざかってしまう。
ならば見えなくなるまで、後ろを向いていたっていいじゃないか。
見えなくなったら、前を向いたらいい。
その時まで大切にしていたい過去なんだ。

そう考えながら目を閉じた。さっきよりも気分が良くなっていた。今日はいい夢が見れそうだ。
夢の中に彼が出てきたらいいなと思う。出てこなくてもまた明日、あの日の彼を思い出すのだけれど。

母から返事が返ってきたのか、また携帯の明かりが天井を照らした。目をつぶっていても感じる光に意識が向く。
今日はもういいやと携帯をうつ伏せにして私の隣に寝かせた。
隣から彼のいびきが聞こえてくるような気がした。
おやすみ、と心の中で呟き、私は深い眠りについた。

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