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映画感想『ある男』

◆あらすじ◆
弁護士の城戸は、かつて離婚調停を請け負ったことのある女性・谷口里枝から、亡くなった夫「大祐」の身元調査をしてほしいと奇妙な依頼を受ける。離婚後、子どもを連れて故郷に戻った里枝は、そこで「大祐」と出会い再婚し、新たに生まれた子どもと家族4人で幸せに暮らしていた。ところがある日、「大祐」が不慮の事故で命を落とすと、知らせを受けてやって来た大祐の兄によって亡くなった夫が大祐とはまったくの別人であることが判明したのだった。里枝が愛した夫はいったい誰で、なぜ別人として生きなければならなかったのか、その謎を調べ始める城戸だったが…。



スクリーンに大きく映し出されるマグリットの「複製禁止」から始まる今作。
観終わればその意味はとても深い。 


群像劇として非常に良質、食い入る様に観てしまった。
そして凄く考えさせられるテーマだ。


全体を覆う不穏さの中に描かれているのは社会に生きる一人一人が自身を見つめ直さなければならない事だと思う。

なかなかにして重い。

だが"大佑"が手に入れたささやかな当たり前がこの物語に体温を齎している。

私達が置かれた社会で如何に自分に貼られたレッテルを剥がすのが難しいか。
リスクを犯してでも差別や偏見を避けて生きたくなる背景は悪意の有無に関わらず日常にひそむ言葉の暴力なのかも知れない。
無自覚な誹謗中傷がジワジワと心の歪みに導く。

人は自分が発する言葉を選ぶ能力を持っている筈なのに同時に気付かない不用意さも持ち合わせている。

何気なく発した言葉に小さな刃が潜む。


そしてこの物語はミステリーでありながら一見順風満帆そうに見える主人公・城戸のマイノリティ属性に囚われた精神的足枷状態を浮かび上がらせる。

自身のアイデンティティ保持と【戸籍交換】と言う"ラベル剥がし"が立体交錯する構造が人間の目に見えない精神性と関わりを持つ展開が巧妙だ。

役者陣も皆素晴らしく柄本明の怪演、小藪の飄々さ、眞島秀和の自己至上主義者、勿論ブッキーの内なる鬱屈の表現・・・

中でも安藤さくらがとても抑えた演技で共に暮らした再婚相手(ある男)の正体に対して柔軟に向き合う姿が真髄をついてる様に感じた。

が、個人的には窪田正孝がより一層俳優として成長した感が見えて嬉しかったな。
昔、某バラエティ番組であまりの人見知りで斎藤工の後ろに隠れる様にしてたのが嘘みたいだ(笑)



絵画「複製禁止」が示す物とは?

見えないからこそ知りたい欲求。
見えないものを見た先にある物。

知った後に変わる事、変わらない事…


そして…
いくら真実を暴いても
事実はひとつしかないと言う事。

終盤、安藤さくら演じる里枝の台詞が印象に残る。
 

私には在日外国人の友人も、セクシャルマイノリティの友人もいて、自分自身も過去に言葉の暴力を受けた事がある。

この物語をとても他人事には思えないのだ。



◆ネタバレ◆

ラストシーンの解釈は色々だと思う。

調査を終え、妻との関係を修復し家族との時間を持とうと食事に出かけるが妻(真木よう子)が席を立った時彼女の浮気が判明。

その後に何処のバーで1人の男が『伊香保温泉の旅館の次男坊で息子と娘がいる』と話す。
城戸が調査した2人の男の経歴を合わせた物だ。

このラストは『ある男』と言うタイトルが実は城戸を指していたとも言えるが【戸籍交換】までの言及は無い。

人は時々違う誰かになってみたい欲求を持っている物だ。
地方のバーで2度と会わない誰かが相手ならそれくらいの嘘を付く事は許されるだろうと…

劇中、城戸は妻との会話で現実逃避を匂わせる。
調査の途中で知った"別人になる"と言う現実。


このラストを【衝撃】と言うにはそこまでの迫力は感じないが誰しもが持つ逃避欲求の遊びとしてはなるほどと感じるラストではある。

ブッキー演じる在日韓国人三世の城戸を取り巻く環境…逆玉で得た妻、幼い息子、上級国民面の妻の両親、調査で関わった人々の差別的言動…からこのラストに行き着く自然さが本作の緻密且つ深さだと感じずにはいられない。

実は、誰しも簡単に見えない別の顔を持つ事が出来るのだ。


2022/11/20

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