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映画感想『ザリガニの鳴くところ』

原題「WHERE THE CRAWDADS SING」

◆あらすじ◆
1969年、ノースカロライナ州の湿地帯。ある日、裕福な家庭の青年チェイスの変死体が発見される。事故と事件の両面から捜査を進める警察は、やがて湿地帯に一人で暮らす若い娘カイアに疑いの目を向ける。カイアは6歳の時に両親に捨てられ、以来学校にも行かずにたった一人で自然を相手にたくましく生き抜いてきた。それゆえ村では異質な存在として、人々から"湿地の娘"と呼ばれて蔑まれてきたカイアだったが…。



原作未読。

サスペンスの様を呈しながら一人の女性の生き方を描いた今作。

小説を読んだ友人が「事件の部分だけ取り出すと原作の良さが損なわれる」って言ってたんだがそれは杞憂だったようだ。

あのラストに行き着くまで湿地帯の美しく豊かな自然、そこに育まれる多様な生物と共にクレアの生きる術が培われる様子が映し出される。

クレアは湿地帯に生息する動植物を観察しイラストを描き共存していた。それが最終的に彼女の生活を精神的にも物理的にも支える事になるストーリーはしっかり描かれていると思う。

それらを含む様々なエレメンツが無駄なく丁寧に構築されていてとても見応えを感じた。 劇中にもあるがクレアは一種の世捨て人と言われるが孤独な彼女に手を差し伸べたのは善良な極一部の人達のみで彼女はその道を選ばざるを得なかった。だが社会的には弱者である彼女が生きようと強く臨む姿にきっと多くの観客は引き込まれるのではないだろうか?


異端を蔑む目、弱者への暴力、人間社会の闇と希望…その先に存在したものはいったいどんな表情を持っていたのか?


奇しくも先日観た『ある男』と重なるテーマでもある。

イリーガルな手段で自ら自分に貼られたレッテルを剥がすか公的手段で第三者に剥がされるか。どんな遣り方でもそこに行き着く経緯が問題なのだ。

終盤クレアが、夫のDVに耐え切れず家を出た母親の気持ちが解ったと語るシーンがあるが絶えず何かに怯えて暮らすなんて絶対に無理だ。
どんなに辛い事も彼女は湿地帯を心の拠り所になんとか生き延びて来たが"恐怖"と言う感情を払拭する事は出来ないと悟る。

幼い頃の記憶やトラウマがいつどんな形で影響を及ぼすか?

その原因である暴力に彼女がどう対峙したのか?

それがこの作品の見所の一つでもある法廷シーンと衝撃のラストに繋がる。




観客の思考を惑わす小さな伏線…

・クレアが容疑者となる証拠の赤い繊維🧶とテイトの赤いニット帽。
・湿地帯ならではの足跡を隠す手段🍂

             などなど…







◆ネタバレ◆

思う事は沢山ある。

タイトルの『ザリガニの鳴くところ』だが幼い頃、母親に何かあったら「ザリガニが鳴くところまで逃げなさい」と言われていた。
ずっと胸に残るこの言葉。

ザリガニは鳴くのか?と言う疑問も浮かぶが恐らくこれは比喩だ。
ザリガニは水路の端や角、草の茂みなど身を隠せるようなところに潜んでいることが多い。子供の頃よく草の生えた泥地を探ったものだ。そう言う水底の暗い場所なら誰も追っては来ないと言う意味に思える。
彼女はその言葉を守り湿地帯に潜むように生き、その上で更に心の奥底に他人には知られない場所を持ち得たのだ。

自分の"大きな秘密"を誰にも知られない"ザリガニの鳴き声が聞こえる程の心の深淵"に隠し満ち足りた人生を送ったんだろう。


後半カイアは出版社のパーティーで、ホタルのメスが光るのは交尾のためだけでなくオスを捕食するためでもあると話していた。結末を踏まえてみればその生態が彼女に重なっていたのかもしれない。

カイアは裁判で無実を勝ち取ると同時にその純真さ…世の中に順応させてもらえなかった事実を周囲に認めさせた。
まんまと全員が騙されたのだ。

彼女に罪悪感がまったく見えないのが恐ろしいところだが彼女が語る善悪を超えた自然界の摂理が彼女の哲学とも言える。

全てを観終わった後、瞬間的にスッと身体から血が引く不思議な感覚はカイアの無垢さと残忍さの共存する哲学的対比が感じられるからかもしれない。

その感覚が物凄く好きだった。


しかし、この結末…隠された貝殻のネックレスを見つけた夫のテイトは何を感じただろう。

私と同様に不思議な感覚を覚えただろうか?
それとも騙された衝撃の方が大きかったか?
むしろ自分の純粋さに呆れ彼女の何を観ていたのか?と嘆息しただろうか?

家族や恋人、親友などどんなに深い関係でも相手の心の奥底までは決して知り得ないだろう事をこの作品が最終的なメッセージとして描いているのだとしたら説得力は絶大だ。

でも、カイアの人生は彼女なりの豊かさを保って終えられたと思うのだ。


原作とはどの程度の違いがあるのか気になるところだが…


2022/11/22


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