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あなたはいつまで、抱きつづけますか

あるふたりのお坊さんがいました。
ひとりは師匠、もうひとりは弟子。

お坊さんも社会の流行り廃りを理解する必要があるということで
ふたりは週末の表参道の交差点を歩いていました。

ふりそそぐ太陽、かがやくオシャレなお店、ひと、ひと。
いろいろな国の、いろいろな年齢の、
たくさんのキラキラしたひとが歩いている。

ふだん、山の中で暮らしているお坊さんからすると
目もくらむような光景でしたが、お師匠さまは
ひょうひょうと、ひかりかがやく町をあるき続けます。

それを追うお弟子さん。

そんなオシャレな町並みの中で、
座り込んでいる女性が見えました。

大変きれいな女性です。

なにかに困っているようでもありましたがお坊さんは女人禁制。

女性にふれるなど、修行中の身にあってはならないこと。
申し訳なさそうに素通りをしようとするお弟子さん。
前を歩くお師匠さまが女性に向かって問いました

「どうされましたか?」と。

うつくしい女性はこたえました。
「ピンヒールが折れてしまって、けど大丈夫です」

その瞬間、お師匠さまはなんと、折れたピンヒールをひろい、たいへんうつくしい女性を背負いました。

そして、そのままひょうひょうと歩きだすではないですか。

お弟子さんはわけがわからず後を追うと、
ミスターミニット(靴の修理などをしてくれるたいへん便利なお店)で女性をおろしました。

女性は困惑しながらもお師匠さまに感謝をしました。

そしてそのまま、何もなかったようにまたお師匠さまはあるき出しました。

***

お弟子さんはお師匠さまがしたことが信じられませんでした。

あるき続けるふたり、表参道から外苑、赤坂で差し掛かる頃
もんもんと歩いていたお弟子さんはもう我慢ならなくなり、こう問いました。

「僧侶たるもの、女性に触れてはなりません。ましてやその女性を背負うなどとは、あなたは修行をなんだと考えているのですか!」

おこったお弟子さんにむかって、お師匠さまは一言。

「お前はまだ心の中で女性を抱いているのか。私はとうに置いてきたわい」

***

禅の思想には「今、ここ」という考え方があります。

将来に対する不安や、過去の後悔も、すべては自分で勝手につくりだすもの。

もうおわってしまったこと、考えてもどうにもならないことを考え続けるよりも、その瞬間を生きることで、もう少し肩の力が抜けるのではないでしょうか。

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