いわゆる「事故物件」の賃貸における注意点
(全裸不動産 全裸幡随院)
賃貸不動産を所有している賃貸人(いわゆる「大家さん」)の中には、賃貸に供している部屋などで賃借人が自殺してしまった場合や他殺事件が発生した場合、あるいは事件性はないのだけれど人が部屋の中で病死していた状態で発見されたなどといった場合に遭遇したという経験を持つ人は意外に多いように思われます。
いわゆる「事故物件」の扱いについて事後どうすればよいのか、賃貸人だけでなく不動産仲介業者でも色々と迷うケースがありあす。というのも、画一的基準はないのに場合によっては信義則上の説明義務違反ないしは告知義務違反による損害賠償責任や契約解除という対応をされて損失が発生してしまう恐れがあるからです。
賃貸人の民事上の責任としては主に、(1)契約不適合責任と(2)説明義務義務違反があるわけですが、それを細かく分けていくと様々な責任が伴うことが理解されます。“心理的瑕疵”物件の不告知の問題もその中の一つです。そこで、“心理的瑕疵”とはそういう意味なのか、そして“心理的瑕疵”に対する告知義務はどうなっているのかについて、まずは基本的な点から確認していきたいと思います。
契約の目的物に欠陥があることを、一般に“瑕疵”と呼びます。瑕疵担保責任(改正後民法では、瑕疵担保責任という表現から“契約不適合責任”という表現に改められています。なお、これによって改正前民法561条により準用される570条の瑕疵担保責任の法的性質をめぐる法定責任説か契約責任説かという論点は消滅しました)における“瑕疵”には、物理的な“瑕疵”のみならず、心理的な要素も含まれるものとされ、これを一般に“心理的瑕疵”と呼んでいます。
例えば、ある部屋で殺人事件が発生したとします。部屋を特別清掃した後に他人に貸し出したとしても、部屋そのものに物理的か欠陥があるわけではない。しかし、社会通念上、こういう部屋は一般人からすれば「気味が悪い」として嫌がる心理状態になるはずです。そのことを知れば部屋を借りようとは思わなくなるという人もいるでしょう。そこで、瑕疵担保責任でいう“瑕疵”とは、契約目的物の物理的欠陥だけではなく、心理的欠陥も含まれるとされたわけです。下級審裁判例では、次のように判示しています。
「売買の目的物に民法570条の瑕疵があるというのは、その目的物が通常保有する性質を欠いていることをいい、目的物に物理的欠陥がある場合だけではなく、目的物にまつわる嫌悪すべき歴史的背景に起因する心理的欠陥がある場合も含まれるものと解するのが相当である」。(大阪高判平成18年12月19日)
心理的瑕疵とされるものはどのようなものがあるのか。これについては、先述の通り、画一的な基準はありません。したがって、具体的にどのケースが心理的瑕疵に該当するのかを、これまでの紛争事例を通じて見ていくほかないでしょうが、ある程度は、これまでに蓄積されてきた下級審裁判例から類型化して整理することはできるでしょう。
過去に自殺や殺人があったなど、目的物の建物について心理的に忌避するべき事由が存在する場合、賃借人は心理的嫌悪感によって賃貸借契約を敬遠するか、相当程度の減額がなければ賃借しないだろうと思われます。それゆえ、賃貸人には、賃貸借契約締結にあたり賃貸目的物内での自殺や殺人事件等について、事件・事故後の一定期間について説明義務が生じると考えられています。
心理的瑕疵の典型例である自殺ですが、この点につき、マンションの賃貸借契約に際し、賃貸人が、1年数が月前に居室内で自殺があったことを告げずに賃借人と賃貸借契約を締結した事案において、裁判所は次のように判示しています。
「・・・の事実によれば、①控訴人は、平成24年8月29日、被控訴人との間で、本件賃貸借契約を締結した当時、本件建物内で1年数か月前に居住者が自殺したとの事実があることを知っていたこと、②被控訴人は、本件建物に居住する目的で本件賃貸借契約を締結したものであり、③控訴人は、本契約締結当時、上記②の事実を知っていたことが認められる。一般に、建物の賃貸借契約において、当該建物内で1年数か月前に居住者が自殺したとの事実があることは、当該建物を賃借してそこに居住することを実際上困難ならしめる可能性が高い。・・・本件賃貸借契約を締結するに当たって、本件建物内で1年数か月前に居住者が自殺したとの事実があることを知っていたのであるから、信義則上、被控訴人に対し、上記事実を告知すべき義務があった」。(大阪高判平成26年9月18日)
このケースでは、説明義務違反による損害賠償として、礼金、仲介手数料、引越し代等の契約及び入居時に要した費用相当額、支払済みの賃料相当額及び慰謝料等の支払義務があるとともに、本件建物において1年数か月前に居住者が自殺してしまったことが瑕疵に当たるとして、賃借人による賃貸借契約の解除を認めました。他方、賃貸人が明渡日までの賃料相当額を不当利得として返還請求したことについては、不当利得自体は認められるものの、賃貸人の不法行為に起因することや、引越しのために要する期間としてやむを得ないものであることなどを挙げて、不当利得返還請求権の行使は権利の濫用として認めませんでした。
自殺があった居室を新たな賃借人に賃貸する時に告知義務が生じるとしても(自殺が告知事項となるのは、自殺が発生した次の新規入居者に対してであり、当該入居者の次の入居者に対して告知義務はなくなるというのが、東京地判平成25年7月3日です。もっとも、一時的に入居者を入れても、期間が極端に短いなど、明らかに告知義務回避の意図が明白と認められる事情がある場合、たとえ間に別の入居者をかませたとしても、告知義務違反を免れることはできません)、では同一建物内の別室だとどうなのでしょうか。これは一概には言えませんし、別室といっても隣室であるのか、遠く離れた別の階の部屋であるのかによって違ってくるでしょう。この点につき、以下の裁判例が参考になろうかと思われます。
「本件建物は2階建10室の賃貸用の建物であるが、自殺事故があった本件〇〇号室に居住することと、その両隣の部屋や階下の部屋に居住することとの間には、常識的に考えて、感じる嫌悪感の程度にかなりの違いがあることは明らかであり、このことに加えて、上記で検討した諸事情を併せ考えると、本件では、原告には、Aが本件〇〇〇号室で自殺した後に、本件建物の他の部屋を新たに賃貸するに当たり、賃貸希望者に対して本件〇〇〇号室ないで自殺事故があったことを告知する義務がないというべきである」。(東京地判平成19年8月10日)
もっとも、上記裁判は、賃貸人が自殺をした賃借人の連帯保証人に対して損害賠償請求した事案での判断ですので、判決主文を導く理由中の判断には含まれない傍論である点に留意が必要でしょう(判決文といっても、その中には主文を導く理由中の判断に含まれているのか、それ以外の傍論かで意味が異なります)。
自殺・他殺以外で少々珍しい事案もあるので、ご紹介しておきます。東京地判平成8年12月19日は、目的物の建物がオウム真理教の関係者が多数出入りするアジトと目されていた特殊な事案について、賃貸人の説明義務を認め、説明義務を懈怠した賃貸人の損害賠償責任を肯定しました。この事案では、賃貸人がオウム真理教の信者が前の賃借人であることは告知していました。しかし、オウム真理教関係者が多数出入りし、活動拠点となるアジトの一つと目されていたことまでは説明していませんでした。
「本件建物が、報道関係者等から、オウム真理教の関係者が多数出入りし、種々の活動の拠点である『アジト』であると目されていたことは、同年5月ないし8月当時原告提示の賃貸条件で本件建物を賃借するか否かを判断する上で重要な考慮要素であったものというべきであるから、原告としては、本件建物が報道関係者等から右のようなものと目されていたことを認識していた以上、その当時本件建物について賃貸借契約締結の申込の意思表示をする者に対し、右認識内容を告げるべき信義則上の義務を負っていたものと解するのが相当である」。(東京地判平成8年12年19日)
告知義務があるとされる自殺や他殺が発生した事案や、反社会的団体の拠点となっているなど、社会通念上、多数の人の心理的嫌悪感を催させることが明らかなケースの他にも、不審死や変死、あるいは火災による焼死、病死後に長期間が経てから発見された場合にも心理的瑕疵ありとして告知義務が生じることもあります。
そこで、何でも可でも告知義務があるものと勘違いされる向きもあるので改めて確認しておきますが、自然死して間もなく発見されたり、入居者が外出中に事故に遭って死亡した場合や、居室内で病状が悪化して病院に運ばれたものの、搬送先の病院において死亡が確認されたケースにまで告知義務は生じません。
特に、自然死についてですが、居住する家で亡くなるのはごく普通のことであって(都会では病院死が比較的多いかもしれませんが)、多数の人に心理的嫌悪感を催させる“瑕疵”となる事件・事故にそもそも該当しないからです(東京地判平成18年12月6日。もっとも先述の通り、死後長期間経てから発見された場合にはその限りではないので注意が必要で、“長期間”とはどの程度の期間かは、部屋の状況や季節等によって違ってくるので一概には言えません)。
まとめましょう。次の賃借人が見つかっていざ賃貸借契約を締結する際に、“心理的瑕疵”があるかもしれない物件の場合、どのようなケースで告知義務が発生するのかについて明確な法律上の基準はありませんでした。事件・事故の内容や、それが物件利用者の心理に与える影響の程度などを考慮して個別に決定されますが、敢えて類型化するならば、①居室内で自殺者が出た場合、②殺人などの事件が居室内で発生した場合、③不審死や変死、火災による焼死事案が発生した場合、④居室内で病死した後、長期間が経ってから発見された場合、⑤誰が見ても反社会的な組織だと認識できるような団体が、その組織の活動等のために当該物件を利用している場合、心理的瑕疵があると考えられるので、告知義務があるということになるでしょう。
では、告知義務の期間についてはどうか。これもケースバイケースになりますが、賃貸物件では、居室内で自殺が起こった場合に概ね2~3年程度まで、売買物件では、物件内で自殺が起こった場合に概ね5年~6年程度まで、各々告知義務があります。これが他殺、それも残忍性が認められるような事案だと、告知義務が生じる期間は更に長くなるものと考えられます。
要するに、心理的瑕疵の軽重及び告知義務期間の長短については一律に画する基準は存在せず、買主の利用目的、居住形態、事件建物の有無、事件の重大性・残虐性、事件後経過年数、地域住民の流動性などを総合的に考慮して判断されるということになります。
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