見出し画像

私が訪れたヨーロッパの世界遺産の写真集

コロナで海外旅行が出来ず残念!今まで訪問した世界遺産の写真を整理して掲載しました。最初にヨーロッパの世界遺産を紹介します。

1)ヨーロッパの世界遺産

■イタリア
1.アマルフィ海岸
「世界一美しい海岸」とも言われるアマルフィ海岸。高級リゾート地ソレントからバスで海岸沿いを行けば、コバルトブルーに輝く海に複雑に切り立った断崖絶壁、そして急カーブの連続!スリル満点のドライブと絶景が楽しめます。

画像2

2.ナポリ歴史地区
南イタリア・ナポリのイメージは、輝く太陽と青い海。しかし、ヌオヴォ城や卵城などはギリシアをはじめとする各国に支配され続けた証でもあり、ナポリの街の下に眠る2500年以上昔の地下都市などはナポリの複雑な歴史を物語っています。

画像3

3.ポンペイ遺跡地域
西暦79年のヴェスヴィオ火山の噴火により消滅した古代都市ポンペイ。驚くべきはテーブルに並ぶ食事や壁の落書きなど約2000年前当時の様子がそのまま発掘されたことで、ポンペイがいかに進歩した文明を保持していたかがわかります。

画像4

4.ローマ歴史地区
永遠の都ローマにはコロッセオやフォロ・ロマーノ、コンスタンティヌスの凱旋門、カラカラ浴場など数多くの古代遺跡が現存します。イタリアの世界遺産都市の中でも最も壮大な都市であり、年間を通してあらゆる国の観光客が訪れます。

画像5

5.フィレンツェ歴史地区
フィレンツェはまさに天井のない美術館!“花の聖母寺”ドゥオーモ、「ヴィーナスの誕生」を所有するウフィツィ美術館、ミケランジェロやガリレオや眠るサンタ・クローチェ聖堂、メディチ家の住居だったヴェッキオ宮殿にピッティ宮殿など。

画像6

6.ピサのドゥオモ広場
別名「奇跡の広場」とも呼ばれ、最も有名な鐘楼(ピサの斜塔)は実際に登るとその傾斜に驚かされます。また、大聖堂ドゥオーモにはガリレオが「振り子の原理」を発見したとされるランプがあり、当時の天才の姿が思い浮かぶようです。

画像7

7.ヴェネツィアとその潟
世界が憧れる水の都「アドリア海の女王」などヴェネツィアを称する代名詞は、この街への世界の憧れを象徴しています。そして現実のこの街も、運河を巡るゴンドラや中世の貴族の屋敷などが憧れそのままの姿で華やかな街並みを彩っています。アクアアルタで水没したヴェネツィアの街並みは圧巻でした。

画像8

8.ヴェローナ市街
ローマ時代の遺跡や中世の街並みが残る歴史地区、シェイクスピア「ロミオとジュリエット」の舞台でもあるヴェローナ。ロマンティックな逸話に事欠かないこの街には、ジュリエットの家や古代円形劇場など世界遺産に指定されるほどの美しい街並みとローマ遺跡を残しています。

画像9

9.ヴァル・ドルチャ(オルチャ渓谷)
ヴァル・ドルチャはイタリアのトスカーナ州シエナ県にある広い谷で、北東にはモンテ・アミアータとウンブリア州との州境があります。ヴァル・ドルチャとは、「オルチャの谷」と言う意味を表し、オルチャ渓谷とも訳されます。この一帯は14〜15世紀にはシエナの領土となり、絵のような美しい景観づくりが大切にされてきました。のどかな美しい牧歌的自然が農家や集落、街道や沿道の修道院や宿などとも融合した景観となっています。

画像10

10.ジェノヴァのレ・ストラーデ・ヌオーヴェとパラッツィ・デイ・ロッリ制度
ジェノヴァには、「新しい街路群」を意味する16世紀に整備されたストラーデ・ヌオーヴェと、それ以降の時代に出来た二つの街路があります。ジェノヴァの大通りの一つであるガリバルディ通りには「パラッツィ・デイ・ロッリ」、かつてのジェノヴァ共和国時代の迎賓館目録に掲載されていた数多くの宮殿が今も残されています。

画像11

11.ストロンボリ島(エオリア諸島)
いまなお活発な火山活動を行っているストロンボリ島、ヴルカーノ島、サリーナ島の標高962mのサリーナ山など代表的な6つの火山は火山学に大きな学術的寄与を行っています。観光の際には、シチリアのミラッツォかメッシーナからフェリーでアクセスするのが便利です。

画像12

12.パレルモのアラブ・ノルマン様式建造物群、モンレアーレ大聖堂
「パレルモのアラブ=ノルマン様式建造物群および、モンレアーレ大聖堂」建造物は、空間設計・構造・装飾の点で、シチリアにおけるヨーロッパ・イスラム・ビザンツの社会的・文化的な融合を示す貴重な事例であり、多様な出自の人々と様々な宗教が、この地において共存していたことを今に伝えています。

画像13

13.パレルモ大聖堂
「アラブ・ノルマン様式のパレルモと、チェファル、モンレアーレの大聖堂」です。 12世紀のシチリアのノルマン王国時代に建てられた教会や宮殿は、西洋とビザンチン文化、イスラム様式の融合であり、当時の栄華を誇るもの。

画像14

■ヴァチカン市国
14.サン・ピエトロ大聖堂
バチカン市国はイタリア・ローマ北西部、テベレ川の右岸にある世界最小の独立国家で、首都はバチカンです。面積は東京ディズニーランド(0.52km²)よりも小さく、国の総面積は約0.44km²ほどしかありません。しかし、せまい領土の中には、サン・ピエトロ広場をはじめ、サン・ピエトロ大聖堂、バチカン宮殿、バチカン美術館など、歴史的にも芸術的にも重要な建造物がたくさん肩を並べています。

画像15

■ギリシャ
15.アテネのアクロポリス
「アテネのアクロポリス」はギリシアのアテネにある世界遺産です。アクロポリスは、「高い丘の上の都市」を意味し、古代ギリシャを代表する都市国家。アクロポリスの中心に立ち、一番有名なのが、古代ギリシャ文明の栄光の象徴となっているパルテノン神殿。パルテノン神殿はドリス式建築の傑作と謳われています

画像16

16.ロードスの中世都市
ロードスの中世都市はギリシアにあるロードス島の主都の旧市街にある遺跡です。かつて聖ヨハネ騎士団が築いた城塞都市の状態が良好に保たれており、中世ヨーロッパ都市の優れた例証として評価され、世界遺産に登録されました。淡路島の約2倍の面積を持つロードス島は、ギリシャ・エーゲ海に浮かぶ薔薇の花咲く美しい島で、ギリシア本土よりトルコに近く、地中海クルーズの立ち寄る島として栄えています。旧市街は全長4kmの城壁に覆われ、旧市街の騎士団通りには現在も騎士団の館や当時の紋章が残されています。

画像17

■スペイン
17.アントニ・ガウディの作品群
天才と呼ばれたスペインの建築家アントニ・ガウディの作品のうち7つが世界文化遺産として登録されています。カタロニア・モダニズム建築の代表作で言わずとしれた未完成作品「サグラダ・ファミリア」。とても鮮やかで個性的なデザインが印象的な「カサ・バトリョ」、バルセロナが一望できる「グエル公園」などの建物もスペインを代表する人気の観光地です。

サグラダ・ファミリア
バルセロナ市のシンボルであるこの建物は、綿密に構成された象徴詩的なシンボロジーと共に、放物線状の構造のアーチや、鐘楼に据えられた自然主義と抽象主義の混在する彫刻などで、大胆な建築様式を誇っている。

画像18

グエル公園
グエル公園は、スペインのバルセロナにある公園で、バルセロナの街が一望できる。1984年にユネスコの世界遺産に登録された。アントニ・ガウディの作品群の1つである。

画像19

カサ・ミラ&カサ・バトリョ
カサ・ミラは、バルセロナのグラシア通り にある建築物である。ガウディが54歳の時に設計した。1906年から1910年にかけて実業家のペレ・ミラとその妻ルゼー・セギモンの邸宅として建設された。1984年にユネスコの世界遺産に登録された。
カサ・バトリョは、スペイン、バルセロナにあるアントニ・ガウディが手がけた建築物の1つ。2005年にユネスコの世界遺産に登録された。

カサ・ミラ

画像20

カサ・バトリョ

画像21

18.サン・パウ病院
サン・パウ病院(Hospital de Sant Pau)の正式名称は、サンタ・クレウ・イ・サン・パウ病院と言い、その起源は古く1401年まで遡ります。バルセロナでも屈指の大病院となる現在の形のサン・パウは1900年代初頭に6つの病院が一つに統合されたことによります。

画像22

19.グラナダのアルハンブラ宮殿
アルハンブラ宮殿はイスラム建築の華と呼ばれる建築物。イスラムの天国をイメージした庭園があるヘネラリーフェやスペインで最も古い世界遺産都市のアルバイシン地区は、観光地としても人気の場所です。

画像23

20.サンティアゴ デ コンポステーラ
サンティアゴ デ コンポステーラは、スペイン北西部に位置するガリシア州の州都です。この町はサンティアゴ巡礼路の最終地点として知られ、聖書に登場する使途聖ヤコブの墓があるとされる場所です。聖ヤコブの墓は、中世の城壁に囲まれた旧市街の広場に緻密な彫刻を施した石造りのファサードを堂々と構える、サンティアゴ デ コンポステーラ大聖堂の中に安置されていると言われています。

画像24

21.ラス・ファレーラス水道橋
悪魔の水道橋と言われるローマ時代の水道橋です。タラゴナの北15キロにあるフランコリ川からタラゴナまで水を供給するために作られたもので、実際行って見るとかなりの迫力なので行く価値ありです。スペイン現存では、セゴビアのものに次ぐ規模。「悪魔」と呼ばれたのは、当時の橋を作る技術では考えられないほど短い期間で建設され、「これは悪魔の仕業に違いない」といわれたからだそうです。

画像25

22.古都トレド
「古都トレド」は1986年に世界文化遺産として登録されました。街全体が博物館と言われるくらい歴史的建造物が美しいトレド。街中にはイスラム教、ユダヤ教、キリスト教由来の各時代の建築物が残されている歴史を感じる世界遺産です。見所はサンタ・マリア・ラ・ブランカ教会やサン・フアン・デ・ロス・レイェス修道院、トランシト教会にトレド大聖堂など。トレド大聖堂はスペイン3つの指に入る純ゴシック建築としても知られています。

画像26

23.バレンシアのラ・ロンハ・デ・ラ・セダ
バレンシアにあるラ・ロンハ・デ・ラ・セダは、15世紀末に建てられた絹の商品取引所の世界遺産。バレンシアの当時の経済力を示すような立派なスペイン後期のゴシック様式の建物は、お城のような壮大さがあります。柱のサロンと呼ばれる大広間に広がる印象的な柱は、絹糸が広がる様子からデザインされたとても美しい空間。バレンシアの中央市場に面しているので、散策の合間に訪れられる気軽さも嬉しい世界遺産です。

画像27

24.コルドバ歴史地区
この街は「西方の宝石」と呼ばれている美しい所です。スペインでありながら歴史的にイスラム教やキリスト教、ユダヤ教が繁栄した地域であることが建築物から見てわかります。世界遺産に登録されている建造物は、メスキータ(聖マリア大聖堂)をはじめ、ローマ橋やアルカサル など。特にメスキータはスペインでも有名なイスラム建築で、独特な色とデザインの回廊は必見です。またユダヤ人街の花の小径も世界遺産の一部。1つの街で様々な風景を見ることができますよ。

画像28

25.サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路(歓喜の丘)
フランスからスペインに渡り複数の州をまたぐ世界遺産が サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路。フランスのピレネー山脈からスペインの北部にかけて1,500km近く続く巡礼路はなんと1,000年以上の歴史がある道。現在も年間10万人以上がこのルートを通り、フランスのピレネー山脈からスペインに入っています。

画像29

■ポルトガル
26.ジェロニモス修道院
ジェロニモス修道院は、ポルトガルの首都リスボンのベレン地区にある修道院であり、世界遺産「リスボンのジェロニモス修道院とベレンの塔」の構成資産のひとつである。マヌエル様式の最高傑作ともいわれ、大航海時代の富をつぎ込んで建築された。 付近には同じく世界遺産であるベレンの塔や発見のモニュメントが存在する。

画像30

27.ベレンの塔
ベレンの塔はリスボンのベレン地区にある塔で、「リスボンのジェロニモス修道院とベレンの塔」の構成資産として世界遺産リストに登録されている。16世紀にマヌエル1世によってヴァスコ・ダ・ガマの世界一周の偉業を記念して作られたテージョ川の船の出入りを監視する目的の要塞である。建築様式はマヌエル様式である。

画像31

28.ポルト歴史地区
ポルト歴史地区は聖グレゴリウス聖堂、大聖堂、ボルサ宮、聖フランシスコ聖堂、サン・ベント駅など数々の歴史的建造物があり、それぞれの時代を反映した独自の美しさから世界遺産に登録されました。その後、ドゥロ川にかかるルイス1世橋や、高台に浮かび上がるセラ・ド・ピラール修道院が登録され、とても長い世界遺産の正式名所となってしまいましたが、ルイス1世橋を含む夜景は圧巻!あのパリのエッフェル塔を建築した建築家のお弟子さんが作った、重厚かつ、そして「世界遺産」にもかかわらず、鉄道と歩道を兼ねた今も現役の鉄橋です。

画像32

29.シントラの文化的景観
シントラは12世紀にレコンキスタでポルトガル領に戻り、14世紀頃には、ポルトガル王室の避暑地になっていました。レコンキスタ以前のイスラム建築素晴らしい城壁と、王族が住んだ城が入交、独特の景観を形成。建造物を含めた街の景観自体が「シントラの文化的景観」として世界遺産に認定されています。 特に「ムーアの城壁」「シントラ宮殿」「ペーナ宮殿」は一見の価値ありです。
シントラ宮殿

画像33

ペーナ宮殿

画像34

30.バターリャ修道院
バターリャ修道院は、正式名称を「勝利の聖母マリア修道院」。1385年、ジョアン1世がアルジュバロータの戦いで勝利。聖母マリアに感謝をする為に1388年に建築が始まりました。しかし完成したのは世紀を2つ超えた16世紀の初頭。15人の建築家に引き継がれました。その間にポルトガル国王は7名が即位し、世代を越えたポルトガル・ゴシックとマヌエル様式が混在し、これまでのポルトガルになかった独特の建築物になっていきます。 ポルトガル最大級でもある大聖堂内部には、ポルトガルで初めて使われたというステンドグラスを用いた装飾が見事です。

画像35

31.トマールのキリスト教修道院
初代ポルトガル王アフォンソ・エンリケスが、1147年「サンタレンの戦い」の勝利に貢献した「テンプル騎士団」にこのトマールの土地を与え、この修道院が建て立てられたことが始まり。その後時代が流れると、キリスト騎士団の管理下になり、エンリケ航海王子の住居になりと増改築が重ねられた結果、様々な様式の壮麗かつ少し不思議な雰囲気を持つ修道院へと姿を変えていきます。西壁にある窓はポルトガル独自の優雅な建築マヌエル様式の傑作です。

画像36

32.コインブラ大学 アルタとソフィア
「コインブラ大学 アルタとソフィア」は世界最古の大学のひとつと言われ、ヨーロッパ屈指の伝統を持つ名門大学、コインブラ大学の建造物群を指します。1290年にディニス1世によって設立された国立大学は今もこの大学に通うことを誇りに思う学生が多数入学します。 大学構内には観光地になるほどの中世の歴史的に貴重な建築物が数多く残り、内部に入って見学することも可能。アルタとソフィアは地区の名前で、それらのエリアも世界遺産。中でもサンタ・クルース修道院は1131年に初代ポルトガル王、アフォンソ・エンリケスの命により建てられた非常に歴史のある修道院で、アフォンソ・エンリケスのお墓があります。

画像37

33.マデイラ諸島のラウリシルヴァ
マデイラ島は、ヨーロッパの人々にはリゾート地として知られています。そリスボンの南西約1000kmの大西洋上にあり、日本からのアクセスは結構大変。奄美大島と同じくらいの大きさの常夏の島です。サッカー選手のクリスティアーノ・ロナウドがこの島の出身。
ラウリシルヴァは氷河期以前、4000万年前~1500万年前ころ南ヨーロッパに広く分布していた照葉樹の原生林が残る世界でも数か所しかない貴重な場所であることと、氷河期を免れた素晴らしい自然の光景が評価され世界遺産に登録されました。

画像38

34.テネリフェ島のラ・ラグーナ
サン・クリストバル・デ・ラ・ラグーナは、アフリカ大陸の北西部の大西洋に浮かぶスペイン領カナリア諸島のテネリフェ島北部の都市であるサン・クリストバル・デ・ラ・ラグーナの都市景観からなる世界遺産です。
一般的には単に「ラ・ラグーナ」と呼ばれるこの都市は、近年リゾート地として栄え、ヨーロッパの人々の中で最も人気のあるリゾート地のひとつに数えられています。

画像39

■ドイツ
35.ポツダムとベルリンの宮殿群と公園群
さかのぼること18世紀、プロイセン王のフリードリヒ2世が、ポツダムの地に夏の離宮としてサンスーシ宮殿の建設を命じたことを皮切りに、ポツダムとベルリンには歴代のプロイセン王による宮殿と庭園が数多く建設された。プロイセン王国の歴史を現代へと継承する貴重な建造物として、サンスーシ宮殿のほかに、シャルロッテンホーフ宮殿、ツェツィーリエンホーフ宮殿、ザクロウ地区の救世主教会、バーベルスベルク宮殿、孔雀島など多くの建造物や場所が登録されている。

サンスーシ宮殿
世界遺産「サンスーシ宮殿」は、18世紀に小国のプロイセン王国を列強国に育て上げたフリードリヒ2世がわずか2年で完成させた宮殿です。彼は、軍事的才能のほか、産業や学問を奨励した偉大なる王として知られています。

画像40

ツェツィーリエンホーフ宮殿
ツェツィーリエンホーフ宮殿は、ドイツのポツダムにある宮殿。 1917年に当時皇太子であったヴィルヘルム・フォン・プロイセンのために建設された。 日本ではポツダム会談が開かれた場所として有名。

画像41

36.世界遺産登録を抹消されたドレスデン
ドレスデンは、その街並みの美しさや、近郊のエルベ川沿いの自然の豊かさなどから、2004年に世界遺産に登録されていました。登録名は「ドレスデン・エルベ渓谷」で、中心街周辺だけではなく、エルベ川沿いのかなり広い範囲の渓谷が世界遺産に登録された地域でした。エルベ川にヴァルトシュレスヒェン橋という近代的な橋がかかったため。世界遺産委員会は、橋を作れば登録抹消の可能性があることをザクセン州政府に伝えていましたが、最終的に政府は建設を断行しました。

画像42

オーストリア
37.シェーブルン宮殿と庭園群
ハプスブルク王朝の歴代君主が主に離宮として使用していました。1441室のうちもっとも重要な約40室が一般公開されています。マリア・テレジアとその子供達が過ごした部屋、モーツァルトが御前演奏した部屋、ナポレオンがウィーンを占領時に使った部屋、皇帝フランツ=ヨーゼフや皇妃エリザベートが生活した部屋、最後のカール1世が1918 年退位宣言に署名してハプスブルク帝国が640年の歴史に幕を閉じた部屋など、ヨーロッパの歴史の舞台を見ることができます。

画像43

38.ウィーン歴史地区
「ウィーン歴史地区」として世界遺産に登録されているオーストリアの首都ウィーンは、近世以降は、「音楽の都ウィーン」としてヨーロッパ文化史上で重要な役割を果たしてきました。ウィーンは名門王家ハプスブルク家の支配の下、城塞都市として発展しました。

画像44

■ベルギー
39.ブルージュ歴史地区
ベルギーの古都として知られるブルージュは、「北のヴェネチア」とも呼ばれる水路が発達した水の都です。海からも遠く、大きな川があるわけでもないブルージュでは、15世紀以降の船舶の巨大化にともない街も衰退していきましたが、そのおかげもあって現在でも中世の街並みをとどめた姿を保つことができました。

画像45

40.ベルギーとフランスの鐘楼群
1999年に「フランドル地方とワロン地方の鐘楼群」という名前でベルギー単独で世界遺産に登録。その後2005年にフランス北部の鐘楼群も追加されたため、現在では合わせて56の鐘楼が世界遺産として登録されています。鐘楼とは、街の中央広場にそびえ立つ巨大な塔で、多くは教会や市庁舎などに帰属しているもの。
アントワープノートルダム寺院

画像46

41.ブリュッセルのグラン・プラス
文豪ヴィクトル・ユゴーが「世界で最も豪華な広場」と称え、フランスの詩人ジャン・コクトーによって「豊穣なる劇場」と賛美されたブリュッセルの中心にある美しい広場。まわりをブリュッセル市庁舎や、ブラバン公爵の館、王の家、ギルドハウスなどに囲まれ、ベルギーの歴史の様々な局面で表舞台として登場しています。

画像47

42.ヘントの鐘楼
東フランドル地方の古都ヘント旧市街中心部のコーレンマルクト広場近くにある鐘楼。コーレンマルクト広場の聖ニコラス教会、聖バーフ大聖堂とともにへントを象徴する3つの塔の一つである。1314~1338年に、ギルドによって高さ91mの鐘楼が建てられた。鐘楼には16世紀にカリヨンが設置された。このカリヨンは44個の鐘で構成され、自動演奏装置と連動して演奏を行う。また、鐘楼に上ることができ、へントの市街を見渡すことができる。鐘楼の東に隣接する建物は繊維取引所で15世紀の建物である.

画像48

■オランダ
43.アムステルダムのシンゲル運河の内側にある17世紀の環状運河地域
アムステルダムのシンゲル運河の内側にある17世紀の環状運河地域は、オランダの首都でもあり「北のヴェネツィア」とも呼ばれるアムステルダムにある世界遺産です。シンゲル運河はヘーレン運河、ケイザー運河、プリンセン運河の3つの運河を主とするその集合体です。アムステルダムの町には100km以上に渡る運河と、約90の島々、そして1500もの橋があります。

画像49

44.キンデルダイク・エルスハウトの風車網
キンデルダイク=エルスハウトの風車網とはオランダにある世界遺産で、オランダ名物の風車が特に多く残る地域で有名です。低湿地が多いオランダが農業大国となった背景には、排水用風車が果たした役割は大きく、最盛期の19世紀中頃には約1万基が稼動していた。後に産業革命によって時代遅れとなり撤廃されていきました。

画像50

■ポーランド
45.アウシュヴィッツ・ビルケナウ ナチス・ドイツの強制絶滅収容所
ナチス・ドイツ最大の強制収容所であるアウシュビッツ強制収容所は正式には、アウシュヴィッツ・ビルケナウ ナチス・ドイツの強制絶滅収容所(1940年-1945年)と言います。アウシュヴィッツとビルケナウの2つの収容所から構成されています。ポーランドにある世界遺産で、20世紀最大の負の遺産と言われています。第二次世界大戦中、ナチス・ドイツによって、百万以上のユダヤ人やロマ人、ポーランド人などが虐殺されました。
アウシュヴィッツ

画像52


ビルケナウ 

画像52

46.クラクフ歴史地区
クラクフ歴史地区は、ポーランド南部にある都市で、マウォポルスカ県の県都にあります。11世紀から600年近くポーランド王国の都として栄えたクラクフは、ポーランドで最も歴史ある都市の一つで、17世紀初頭にワルシャワに遷都するまではクラクフがポーランド王国の首都でした。クラクフ歴史地区は、近隣諸国からの侵略を受け続けたポーランドにあって奇跡的に破壊を免れました。世界遺産に登録されている旧市街には、歴史的な建造物が多く残っています。

画像53

47.ヴィエリチカとボフニアの王立岩塩坑群
「ヴィエリチカとボフニアの王立岩塩坑群」はポーランドのマウォポルスカ県にある岩塩の採掘坑です。2000万年前、クラクフの南東13kmにあるヴェリチカは海でした。地殻変動により海は陸に囲まれ、塩の湖へと姿を変えたのです。やがて湖の水分は蒸発して塩の結晶を残し、蓄積した結晶は、地下に沈んで巨大な岩塩層を作り上げたのです。採掘坑は、地下64~327メートルに至る9層で、深さは地下327メートル、全長は300キロメートル以上に及びます。700年以上の歴史誇る地底岩塩採掘坑なのです。

画像54

48.ワルシャワ歴史地区
ワルシャワ歴史地区には、旧市街マーケットプレイス(市場広場)を中心として広がる中世の建造物や城壁、大聖堂があります。とはいっても、これらはすべて第2次世界大戦後に復元されたものです。旧市街は元々は13世紀に建設されました。14世紀には城壁が造られ、19世紀まで首都となっていました。当時はゴシック様式や新古典主義様式などの歴史的建築物が多く立ち並び、その美しさから「北のパリ」と呼ばれてました。

画像55

49.マウォポルスカ南部の木造聖堂群
マウォポルスカ南部の木造聖堂群は、ポーランド南部マウォポルスカ地方の農村地帯にあり、15~17世紀に建てられた木造教会が残り今も使われています。中世後期に起源を持つこの地方の木造聖堂は小さいながらも素朴で、独特な形をしています。ヨーロッパカラマツで造られた大きな屋根が覆い、その屋根板は楔形の板を組み合わせた地域独自のものです。
聖レオナルド教会

画像56

50.カルヴァリア・ゼブジドフスカ : マニエリスム建築と公園が織りなす景観及び巡礼公園
カルヴァリア・ゼブジドフスカは、ポーランド南部にある町で、1772年から1918年まではオーストリア帝国領でした。世界遺産、カルヴァリア・ゼブジドフスカ : マニエリスム建築と公園が織りなす景観及び巡礼公園の歴史は1600年に遡ります。その年にミコワイ・ゼブジドフスキが個人的な礼拝所とするつもりでツァー山の斜面に聖十字架礼拝堂を建てました。反宗教改革の動きの中で、ゴルゴタの再現を象徴的に行おうという試みが行なわれました

画像57

■チェコ
51.プラハ歴史地区
プラハ歴史地区は、チェコにある1000年以上の歴史を持つ世界遺産。この町は「ヨーロッパの魔法の都」と称されています。プラハはヨーロッパで最も古い都市であり、9世紀頃から文化の中心地でもありました。バロック様式、ロマネスク様式、ルネッサンス様式など、様々な建築様式を見ることができます。

画像58

52.チェスキー・クルムロフ歴史地区
チェスキー・クルムロフ歴史地区はチェコの世界遺産で、首都プラハ南方、ヴルタヴァ川沿いにある南ボヘミア州の小都市です。『眠れる森の美女』と呼ばれるぐらい美しく、赤やオレンジの屋根瓦が連なる町並みは中世の姿を色濃く残しています。

画像59

■ルーマニア
53.シギショアラ歴史地区
中世の街並みがそのまま残っているシギショアラ、旧市街には当時の要塞や住居などの建築物が並び、要塞を守る天守閣には「皮革加工職人の塔」や「鍛冶屋の塔」など中世の職人組合の名前がつけられています。町を歩くだけで中世にタイムスリップしたような気分になることでしょう。

画像60

54.サスキズ要塞聖堂
ルーマニアのムレシュ県にあるサスキズ要塞教会は、トランシルヴァニア地方の要塞教会群の一つとして、世界遺産に登録されている歴史ある観光地です。あまり耳馴染みのない「要塞教会」。教会と聞くと静かな祈りの空間を連想しがちですが、なんと教会そのものを要塞化して、敵からの攻撃に備えたというものです。優美な時計塔から想像出来ない過酷で複雑な歴史がこの地方にはあったのです。

画像61

55.ピエルダン要塞教会
ビエルタン要塞教会は、オスマントルコの攻撃に備え、三重の防壁(要塞)が造られています。要塞で守られた教会はここだけでなく、トランシルヴァニア地方にたくさんありますが、なかでもここは一番巨大で、15世紀頃カトリックの教会として建てられましたが、16世紀にはルター派の教会になりました。

画像62

■ブルガリア
56.リラ修道院
ブルガリアの人々が信仰している宗教はキリスト教の一派である「ブルガリア正教会」が大多数を占めていますが、このリラ修道院はそのブルガリア正教会の中心的存在の一つとされていて、信者達の信仰心を支える大きな存在になってきたと言われています。リラ修道院の歴史は、10世紀、イヴァン・リルスキーがリラでの生活を始めたことが、その端緒になったと言われています。その後、イヴァン・リルスキーの弟子に当る人々が、この地で生活を始め、リラ修道院は発展を遂げていきました。

画像63

57.イヴァノヴォの岩窟教会群
ブルガリアを流れるルセンスキ・ロム川沿いにある断崖には、多数の教会や修道院などが残されています。14世紀から17世紀に至るまで、これらの教会はブルガリア正教会の修道士たちによって利用されていたと言われています。こうした建造物群は、文化遺産としての価値を認められて、イヴァノヴォの岩窟教会群として、1979年に世界遺産に登録されました。この教会群を建造したのは、ブルガリア正教会の人たちであったと言われており、その後、イヴァノヴォの岩窟教会群は、ブルガリアと深い関係を築いてきたと考えられています。この地には、多数の宗教施設が築かれていましたが、現在はほとんどが失われてしまっています。

画像64

58.ボヤナ教会
ボヤナ教会はブルガリアの首都ソフィア近郊に位置する世界遺産で、11世紀、13世紀、19世紀の異なる時代に建造された3つの聖堂からなるブルガリア正教会の教会堂です。1259年に建造され、中央に位置する聖パンティレイモン聖堂は、フレスコ画の壁画で覆われ、3つの聖堂のなかで最も大きい建物です。

画像65

■ハンガリー
59.ブダペストのドナウ河岸とブダ城地区
ドナウ川の河岸の都市、ブダとペストが橋で結ばれて出来たハンガリーのブタペストの都市は、その美しさから「ドナウの真珠」・「ドナウのバラ」・「ドナウの女王」・「東欧のパリ」などとと称えられてきました。ハンガリーは、東方から来たアジアの騎馬民族マジャール人が1000年に建てた国で、16世紀にはオスマン帝国、18世紀からはオーストリア帝国に支配されてきました。以降1867年に自治権が与えられた後は、ハンガリーの人々はオーストリアの首都ウィーンや、フランスのパリに負けない都市を作り上げようと、ブタペストの町を築き上げました。

画像66

■クロアチア
60.古都トロギール
トロギール は、クロアチアのスプリト=ダルマチア郡の港町。アドリア海に面する。トロギールの町は、クロアチア本土とチオヴォ島の間の小さな島にある。スプリト市の27キロ西方にある。1997年に古都トロギルは世界遺産に登録された。

画像67

61.ドブロブニク旧市街
ドブロヴニク旧市街は、クロアチア最南端の街でアドリア海に面した城塞都市です。「アドリア海の宝石」や「アドリア海の真珠」と呼ばれ、ヨーロッパではもっとも美しい地中海都市のひとつとされているドブロヴニク旧市街は、13世紀以降に地中海交易の拠点として栄えました。

画像68

62.プリトヴィッツェ湖群国立公園
クロアチアのザグレブから南へ約110kmのところに位置するプリトヴィツェ湖群国立公園は、マラ・カペラ山脈斜面の南東端とリチカ・プレシェヴィツァ山脈の間にあり、エメラルドグリーンに輝く湖と滝が織りなす絶景が見られる公園です。湖畔と滝が特徴の公園内には1146種の植物が確認され、そのうち70種は特有種。山中には24種のランやモウセンゴケなど特有種の群生地もあります。また、野生の動物が生息し、クマや狼、カワウソをはじめ300種近い蝶や鷹などの鳥を見ることができます。

画像69

63.ディオクレティアヌス宮殿があるスプリトの歴史的建造物群
クロアチアの南部に位置する街スプリトは、現在でも、とりわけ大規模な都市であることで知られています。このスプリトの中心部に該当する区域には、「ディオクレティアヌス宮殿」という遺跡が残されています。この宮殿は、ローマ帝国時代の建造物として、大変貴重な遺跡となっており、1979年には、スプリトのディオクレティアヌス宮殿と歴史的建造物として、世界遺産に登録されました。

画像70

■マルタ共和国
64.バレッタ旧市街
バレッタは街全体が世界遺産になっています。首都でもあることから政治の中心にもなっている重要都市です。もともと、イスラムの大国であるオスマン帝国から、ヨーロッパを守る最後の砦と言われていました。要塞都市だった名残で、街を歩いていると石畳、はちみつ色をしたマルタストーンで造られたバロック様式の建造物や高い城壁、大砲など歴史を感じさせる街並みが広がっています。

画像71

65.マルタの巨石神殿群
マルタにはエジプトのピラミッドやイギリスのストーンヘンジよりも歴史がある巨石神殿があります。マルタの巨石神殿群はマルタ島とゴゾ島で発見された人類最古の石像建築物です。現在までに「ジュガンティーヤ神殿」「ハジャール・イム神殿」「イムナイドラ神殿」「ムナイドラ神殿」「タルシーン神殿」「ジュガンティーヤ神殿」6神殿が世界遺産に指定されています。世界遺産ではないものを含めるとなんと20世紀までに、約30の巨大神殿が確認されました。これらは紀元前4500年〜2000年に創られたとされていましたが、詳細の多くは未だ謎に包まれています。
タルシーン神殿

画像72

■リトアニア
66.ヴィリニュス歴史地区

リトアニア大公国の首都であったヴィリニュスは、リトアニア人のみならず、他のリトアニア大公国内の民族の文化や宗教の影響の下、多文化都市として発展した。街にはゴシック様式やルネサンス様式、バロック様式及び古典様式の建築物が残り、多様性に富む街並みとなっている。

画像73

■ラトビア
67.リガ歴史地区
リガ歴史地区は、ラトビア共和国の首都リガの旧市街と新市街が該当し、リガは同国最大の人口を擁しています。また、「バルト海の真珠」と讃えられる美しい港町で、ユネスコの世界遺産に登録されています。旧市街には、中世ドイツの商業都市の特徴が見られ、とりわけハンザ同盟時代の町並みがよく残されています。ほぼ中心部にあるリガ大聖堂をはじめ、聖ヨハネ聖堂、聖ペテロ教会堂は13世紀に建てられました。リガ大聖堂は、その後18世紀まで増改築が繰り返されたため、ロマネスク、ゴシック、バロックなど、さまざまな建築様式が見られます。

画像74

■エストニア
68.タリン歴史地区
タリン歴史地区はバルト3国のひとつ、エストニアの首都タリンの旧市街に残る歴史的遺産。1997年、世界遺産に登録されました。タリンは、13世紀にデンマーク人によって町が建設されました。ハンザ同盟の都市として栄えましたが、その後は災害や戦争に巻き込まれた過去を持ちます。トームペア城、エストニア最古の大聖堂、聖ニコラウス聖堂、ギルドホールなどが残り、歴史的に価値のある景観が評価されています。

画像75








フランス
アルルのローマ遺跡とロマネスク様式建造物群
かつてローマの支配下に置かれ商業の拠点として繁栄したアルル。そこに残されたローマ遺跡とロマネスク様式建造物群が、1981年に世界文化遺産に登録されました。ここには円形闘技場や野外劇場、公共浴場、エジプトのオベリスクなど、ローマ帝国の偉大さを物語る遺跡がたくさんあります。

画像1








































美しい世界の風景をマイホームページ「Zenpakuの世界旅撮記」http://www.zenpakusan.com/で紹介してます。