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手塚治虫のジレンマ「鉄腕アトム 青騎士」編を語る。

今回は「鉄腕アトム」の中でも注目の「青騎士」編お届けいたします。

ズバリこのエピソードには手塚先生のジレンマがあり
このジレンマを中心に置いて作品の本質に迫ってみたいと思います。

本編はアトムが死んでしまうと言った衝撃の内容もさることながら
先生の意図しないストーリーと社会の反応
これまでのアトム像とは違うアトムを描いて
作品の人気がズタボロになったという曰くの作品であります。

荒れ狂った時代に合わせて作風も荒れ狂ってしまったという
このエピソードとはどんな作品だったのか
そして手塚先生の真実の思いとは一体何だったのかを中心にお話していきたいと思います。

前回記事もご覧になっておられない方はこちら
ぜひご覧になってみてください。

それでは本編行ってみましょう

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まず「青騎士」編をご紹介する前に、それ以前の「鉄腕アトム」が
どんなものだったのか見ていきましょう。

「青騎士」編の前年
1964年にはアトムの中で最も評判の良い作品と言われる
「地上最大のロボット」編が掲載されました

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世界最強ロボット「プルートウ」は世界各国の猛者と呼ばれる
7体のロボットたちを次々と破壊し
やがて日本代表のアトムと対決するといった現代の王道バトルマンガの原型とも言える演出で当時の子供たちを熱狂させ全エピソードの中でも
屈指の盛り上がりを見せていました。

それぞれ特徴の違う個性的なロボットが次々登場して強さのランク付けや
贔屓のロボットなどを子供たちが学校で言い合うなど
まさに人気に絶頂であったと言っても過言ではないでしょう。

単なるバトルマンガに留まらず
戦うためだけに生まれてきたプルートウの哀しい宿命を、
科学の間違った発達による悲劇というドラマ性や
戦いに向かうロボットたちの心の葛藤まで描いた
まさにアトムのテーマの真骨頂と言えるエピソードになっています

そんな作品の後に描かれたのが今回ご紹介する「青騎士」編です

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この作品は編集者の意向により
アトムのキャラクターをもっと反抗的なものにしてはどうか、と言う意見を取り入れて
アトムが人間を裏切ってしまうエピソードなんですね。
この変更が後に手塚先生の大きな後悔になっていきます。


あらすじはと言いますと…
青騎士…(元の名をブルーボン)、というロボットが
ある事件をきっかけに人間を憎むようになってしまいます
そして人間に復讐をするためにロボット法を破り、
世界各地でロボットが働く工場を破壊して人間に戦いを挑みます

恐れた人間たちは
そんなロボットは危険だとして
「青騎士型ロボット」と「そうでないロボット」とを区別して
「青騎士型ロボット」を強制収容所で分解することにします。

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そんな「青騎士型ロボット」の中には、
なんとアトムの両親も居て、強制収容所に送られることになります。
容赦ない人間のあまりの横暴さに人間の味方であったアトムも、
とうとうロボット側についてしまいます。

こうして人間とロボットの戦いが始まるというストーリーが
「青騎士」編の内容となっています。

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はっきり言いまして、これを境にアトム人気がガタ落ちします。
これまでどんなに人間に迫害されても
「ロボットなんか信用できない」と差別されても
命を懸けて人間を守り続けてきたアトムが裏切る姿には
世間からは大不評の雨あられでした。

しかもその後、軌道修正して人間を助けるために
アトムが犠牲になって死んでしまうのですが
これにも大ひんしゅくを買ってしまいます。
ロボットとはいえこのアトムの死は世間には衝撃だったんですね。

このエピソードに対し手塚先生はこう述べておられます。

「終わりの頃アトムはアトムの顔つきをしているが
ボクの息子のアトムではなかった」

このコメントから推測できるように手塚先生は
作品の陰りに嘆いているというより
我が子アトムを守れなかった苦悩が感じられます。

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現に人気が出ているときでさえ

「世のマンガなど見たことのない教育ママや新聞記事を鵜呑みにする
先生がたには相変わらずアトムは良心的漫画だと映った。
「アトムは良い番組でございますわねぇ」と言った声を聞くたびに
「もうたくさんだ!」と思い
そして何もかもボク自身の責任だと認めて悩んでしまうのだった」

と心境を綴っておられます。

つまり手塚先生の理想像と世間一般との乖離が大きくなっていくんですね。

アトム人気が高まるにつれ手塚先生は
自分の生み出した作品に対し多くのジレンマを感じていきます。


ひとつには1950年半ばに起きた「悪書追放運動」があります。
「ロボットや、電子頭脳など荒唐無稽なものは有害」とされたり
「絵がきたない、ヘビは気持ち悪いから描かないで」という意味不明のバッシングもありました。
とにかく漫画は有害図書であるとして世間から猛反発を喰らうんですね。


そんな「悪書」とまで叩かれた漫画が
1963年にテレビアニメとなって瞬く間に日本中を席捲した後に
良い子ちゃんの漫画と手のひらを返したように絶賛されてしまった
やるせない「ジレンマ」を感じます。

他には
アニメが作りたくて夢のアニメ制作の第一歩として実現させた
まさに息子のような存在アトム
漫画家という基本すべてを一人で何でもやる職業に対して
アニメは複数の人間が重なってできる職業であり、
一人では何もできないアニメという仕事への「ジレンマ」
そして
自分の意図しない作品が作られ続けていく「ジレンマ」


人間の裏側に潜む負の側面を描きたい手塚先生に対し
「強くてカッコイイ勧善懲悪のヒーロー」になってしまった「ジレンマ」
バトルものを描きたくない手塚先生に対し本格バトルものを描いた
「地上最大のロボット」
アトム最大のヒット作となってしまった「ジレンマ」

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とにかくあらゆる「ジレンマ」に襲われていた時期に書いた作品がこの
「青騎士」であり
これこそが過去最強の「ジレンマ」に取り憑かれることになります

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編集者にそそのかされて物語を変更したとされるこのエピソードは
後に「後悔している」と手塚先生自身が何度も語っており
晩年の石ノ森章太郎先生との対談では、
「受けを狙って書いていた駄作であり、
僕の好きな作品のトップ100にも入らない」
とまで言っています。


ここら辺が非常に大人げない発言の手塚先生ですよね(笑)
これはアトムのことを「実の息子以上に好き」発言している手塚先生が
自分のアトムから世間のアトムに変わってしまたことに対する妬みですよね

作品の物語については
確かに不本意な結果になったかも知れませんが
これは完璧主義の手塚先生が故の「ジレンマ」であるとボクは思います。

手塚先生が鉄腕アトムを通して本当に伝えたかったテーマは
「科学と人間のディスコミュニケーション」であると言っていますが

ディスコミュニケーションなんて聞いたこともない言葉ですけど(笑)
これは(意思の疎通の欠如)という意味です。

「科学と人間の意思の疎通の欠如」
まさにこれは「青騎士」のテーマに沿った内容であるんじゃないでしょうか。

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手塚マンガの中に見られる人種差別、迫害といったテーマが描かれるのは
先生自身が戦後、アメリカ兵士に理由もなく殴られた経験が元になっているとは先生自身も語っている一貫したテーマであります。

そしてそうした不条理な葛藤は精神の狭間で悩み苦しむキャラクターとして
手塚作品には多く登場します。
アトムなら人間とロボット
レオは人間と動物
リボンの騎士は男と女
バンパイアは人間と獣

のようにすれ違いの心理描写はもはやおなじみの光景ですね。

人間によるロボットへの迫害、反旗を翻すロボットとの間で苦悩するアトムの姿はまさに手塚治虫のテーマそのもので、しっかりとその意思が本作には表れていると思います

駄作と呼ぶほど本質から外れた作品ではないと思いますし
王道から決してかけ離れた作品ではないと言えると思います。


当時の子供たちや、漫画を批判していた教育ママたちにしてみれば
このエピソードは少し難しいテーマだったのかも知れませんね。
その時代に、科学の発展が人類を滅ぼすなんて発想自体が
受け入れられる土壌があまりなかったのですから。

…とはいえ手塚先生
アトム以外ではとんでもないドス黒くてアウトなやついっぱい書いてますからね(笑)
まずはそっちのほうが問題でしょって感じなんですけども
まぁそれほどまでにこのアトムという作品は
社会に与える影響も大きく、手塚先生自身も我が子のように可愛がった作品であるからこそ余計に腹が立ったり、自分の思い通りにいかなかったことに悩み苦しんだのでしょう。


アトムが嫌い発言、駄作発言を口にしていた手塚先生ですが
これはアトムを心から愛するが故の屈折した愛情表現の現れだと思います。

我が子を助けようとする親の無償の愛情と言いますか
まさに愛深き故に飛び出した発言であり本当に嫌いなわけないんですよ。
めちゃくちゃ好きですからね手塚先生

このような手塚先生の胸の内が垣間見れる資料として
こちら「 (立東舎) 鉄腕アトム プロローグ集成」おすすめしております。


アトムファンはもちろん手塚ファンならぜひとも持っておきたい一冊になっております。チェックしてみてください。


というわけで今回は「青騎士」編に隠された手塚先生のジレンマをお届けしました。

最後までご視聴くださりありがとうございます


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